回復/修復に向かう表現

「刑務所に代わる空間」をデザインする

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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【写真1】建築家ディーナ・バン・ビューレンによる米サンフランシスコ短期女子刑務所内でのワークショップの模様 (c) DJDS
【写真1】建築家ディーナ・バン・ビューレンによる米サンフランシスコ短期女子刑務所内でのワークショップの模様 (c) DJDS

 人を傷つけたり、物を盗んだりするという罪を犯せば、牢屋(ろうや)に入れられる。

 私たちは幼い頃からそう教えられてきた。マンガ、アニメ、テレビ、ゲーム、童話……と、子どもが触れるあらゆる文化の中にも牢獄は登場する。だから、刑務所はあって当然。そう思っている。

 ただし、「日本では」と付け加えたほうが良さそうだ。なぜなら、欧米諸国では、こうした考え方に、変化が見られるようになってきたからである。

 想像してみよう、刑務所のない世界を――。

 そんな突拍子もない声が、あちこちから聞こえ始めているのだ。

 その声の出どころや経緯については次回以降にまわすことにして、今回は、ある米国の建築家らの取り組みを紹介したい。

「刑務所に代わる何か」をデザインする

 米カリフォルニア州オークランドを拠点とする建築家のディーナ・バン・ビューレンの存在を初めて知ったのは、2015年に同州サンフランシスコで開催された「刑事司法とアート」をテーマにした学術集会だった。

 発表者が2人とも女性という点にひかれて、私は「刑務所とオルタナティブなデザイン」と題された分科会に参加した。1人目は白人で、自らが設計に関わった刑務所を事例に、いかに人道面で気を配ったかを話した。

 2人目は黒人で、冒頭から衝撃的だった。

 「私たちがデザインするのは、刑務所ではありません。人を監禁する施設は一切作りません」

 そう断言すると、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて続けた。

 「じゃあ、何をデザインするのでしょう? 不思議ですよね?」

 それがバン・ビューレンだった。

 当時は、バン・ビューレンが設計事務所「DJDS(Designing Justice + Designing Spaces) 」をソーシャルワーカーと2人で立ち上げてまだ間もない頃だった。DJDSは、後述する「修復的司法」(Restorative Justice=犯罪の当事者との対話を通して問題解決を試みるアプローチ)に基づくNPO(非営利組織)で、その目的は、貧困、人種差別、教育格差など、犯罪の根本原因となる問題を解決するための「刑務所に代わる何か」を作ることだ。前例もモデルも存在しない、全く新しい取り組みだった。

 DJDSは、2年ほど前から複数の州の刑務所を訪ね、「建築のワークショップ」を行っていた。前述の分科会では、ある刑務所で実施された20時間にもわたる「出所直後に必要な場」についてのワークショップが事例として紹介された。そのワークショップでは、受刑者らがディスカッションを行い、模型を作り、最後にはプレゼンテーションをする流れがスライドと共に解説され、感銘を受けた【写真2】。

 さらにバン・ビューレンは犯罪被害者団体にも出向き、被害者らともほぼ同じ内容のワークショップを行っていることにも触れた。加害者のみならず、被害者の声をも反映させる空間とはどんなものなのだろう。私自身、なかなか想像が及ばなかった。

 こうしたワークショップの成果として、…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。