漢方ことはじめ

漢方医から見た”新薬登場”の舞台裏

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
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 先日、軽症の新型コロナウイルス感染症を適応症とする新薬「ロナプリーブ」が厚生労働省により承認されました。昨年10月、アメリカ大統領選挙の最中に感染し、あわや重態に陥るところであったドナルド・トランプ大統領(当時)を救った薬と言われています。

 生体の免疫システムが外敵の侵入を感知し、それを排除するために産生するたんぱく質を「抗体」と呼びます。21世紀にはその技術を応用し、さまざまな病気の治療薬が開発されるようになりました。

 ロナプリーブもそういった「抗体医薬」の一つです。新型コロナウイルスに対する抗体を人工合成したもので、ウイルスの表面たんぱくに抗体が付着してウイルスの感染能力を失わせます。ところが、ウイルスが変異を起こし表面たんぱくが変形してしまうと、抗体が付着できなくなり、治療薬としての効果が損なわれる可能性があります。そこで、ロナプリーブは2種類の異なる抗体を混合して、ウイルス変異の影響を減らす工夫をしています。

 話が横道にそれますが、私が自己免疫疾患の専門医としてまだ駆け出しのころ、抗体医薬が次々に登場して、それまでの治療の常識を書き換えていきました。薬の効果と同様に目を見張ったのがその価格で、小さなバイアル(注射剤の容器)に入った抗体医薬が1本10万円以上、患者さんの体格によってはそれを何本も使うので、1回数十万円という治療になります。その後も薬剤の価格は高騰を続け、高額なものでは1カ月で1000万円以上かかる治療薬もあります。

 そんなわけで、私はロナプリーブの価格が気になっているのですが、国が一括して買い上げて患者さんや医療機関は負担しないとのことで、なんと薬価がついていません。値札のついていない物や「時価」と書かれたメニューを選ぶのはなかなか勇気がいりますが、命が懸かっているとなると背に腹は代えられないということかもしれません。

 ところで、新薬の価格はどのように決まっているのでしょうか? まずは研究開発にかかるお金です。自然界の中にある多種多様な物質の中から病気の治療に役立つ成分を探し出したり、生体や病原体に作用するように分子構造をデザインして合成したりして、薬剤として使えそうな物質の候補が出てきたら、次に動物実験などで毒性がないかを確認します。その後、実際にヒトに投与する臨床試験の長い道のりが待っています(臨床試験については第2回で触れました)。

 研究開発だけでも莫大(ばくだい)な費用が掛かりますが、それ以外にも薬の製造や流通にかかるコスト、宣伝費や広報費も必要ですし、税金もかかります。そして、企業活動を続けていくためには利益を乗せなければなりません。日本は国民皆保険制度の国であり、病院で処方される薬はほとんど健康保険から支払われています。薬の値段を決めているのは事実上、製薬企業ではなく健康保険制度を所管する行政サイドです。つまり、市場経済で決まる価格ではなく公定価格ということになります。

 薬の値段を「売る側」の企業ではなく、「支払う側」の行政が決めているとなると、ギリギリまで安く買いたたくのではないかと思われるかもしれませんが、実際にはそうはなっていません。なぜなら、製薬企業に全く利潤を生まない構造にしてしまうと、従来治らなかった病気を治すような薬を新たに開発しようとする意欲が生まれなくなってしまうからです。これ…

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。