地域で暮らし続ける~日本とデンマークの現場から

五輪のテレビ観戦で知るデンマークのメディア事情

銭本隆行・日本医療大学認知症研究所研究員
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 新型コロナウイルスの感染が拡大する中で開催された東京オリンピック。日本は当初目標にしていた「金メダル30個」には届かなかったものの、史上最多の金メダル27個を含む58個(銀14、銅17)のメダルを獲得しました。一方、デンマークは人口わずか580万人の小国ながら、東京オリンピックで金3、銀4、銅4の計11個のメダルを獲得する活躍を見せました。

デンマークで盛んなハンドボールは銀メダルを獲得

 バドミントン男子シングルスでは、優勝候補の筆頭だった桃田賢斗選手が1次リーグで敗退するという波乱が起きました。その機会を見事にとらえた前回リオデジャネイロ大会銅メダリスト、ビクトル・アクセルセン選手が金メダルに輝き、デンマーク中は沸き立ちました。

 さらに、国民的スポーツの一つといえるハンドボールでは、男子が初戦で日本を47―30で撃破した勢いのまま決勝へ進出しました。惜しくもフランスに23-25で敗れましたが、銀メダルとなりました。そのほか、自転車やセーリング、ボート、カヌーなどの競技でメダルを獲得しました。

 デンマークの知人は「いろいろな競技でメダルを獲得できてうれしいよ。それでも、やはり、ハンドボールのような皆が見やすい球技で銀メダルまで取れたのはうれしかったね」と喜んでいました。

ある程度インターネットができないと……

 こうした競技を観戦するには、テレビがとても重宝しますよね。もともと現地に行ける人が限られ、さらに今回はコロナ禍でほぼ無観客となり、自宅での観戦が推奨されました。洋の東西を問わず、テレビの便利さは変わりませんが、…

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銭本隆行

日本医療大学認知症研究所研究員

ぜにもと・たかゆき 1968年広島市生まれ、福岡市育ち。51歳。早稲田大学政治経済学部在学中にヨーロッパを放浪。そのときにデンマークと出会う。大学卒業後、時事通信社、産経新聞社で、11年間の記者生活を送る。2006年にデンマークへ渡り、デンマーク独自の学校制度「国民高等学校」であるノアフュンス・ホイスコーレの短期研修部門「日欧文化交流学院」の学院長を務めた。全寮制の同校で知的障害者のデンマーク人らと共に暮らし、日本からの福祉、教育、医療分野に関する研修を受け入れながら、デンマークと日本との交流を行ってきた。2010年にオーデンセペダゴー大学で教鞭を執り、2013年にはデンマークの認知症コーディネーター教育を受けた。  2015年末に日本に帰国し、2016年3月に名古屋市の日本福祉大通信制大学院で認知症ケアシステムに関する修士号を取得し、同年、福岡市の精神障害者の生活訓練事業所の設立・運営に携わる。現在は札幌市の日本医療大学認知症研究所と名古屋市の日本福祉大学大学院博士後期課程に在籍しながら地域包括ケアシステムに関する研究を進めている。ノーマライゼーション理念の提唱者であるデンマーク人の故N.E.バンクミケルセンにちなむN.E.バンクミケルセン記念財団理事も務める。