漢方ことはじめ

伝統が新しいものを生む瞬間 ~音楽と医学の対話に学ぶ~

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
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 先日、江戸浄瑠璃一中節の宗家、都一中氏とお話しする機会がありました。日本の古典音楽の第一線で活躍されている一中氏ですが、西洋音楽や現代の流行歌謡にも造詣が深く、三味線音楽になじみのない私に、日本と西洋の音楽の違いや、伝統音楽の成り立ちや特徴について分かりやすく解説してくださいました。

 日本の漢方医学と浄瑠璃がおかれている現状には、数々の共通点があります。いずれも江戸時代の中期に発展を遂げ、幕末にかけポピュラーな位置を占めますが、明治政府の急速な欧化政策のあおりで、衰退の憂き目に遭います。とはいっても、横文字の音楽や医学にそのまますぐ置き換わったわけではなく、以前からある考え方、捉え方や、日本語の概念と調和させる必要がありました。

 たとえば、肝臓や脾臓(ひぞう)など臓器を指し示す単語は、本来は漢方医学固有の専門用語でした。それがそれぞれ西洋医学の「Liver」や「Spleen」の訳語として流用されたものの、漢方医学と西洋の解剖学は基本的な考え方に相違があるので、「肝臓=Liver」、「脾臓=Spleen」といかないところがあります。神経質で大泣きする子供を「カンが強い」と言ったり、食が細くて体力がないさまを「ひよわ」と呼んだりしますが、西洋医学の文脈では肝臓が強いから感情的になりやすいとか、脾臓が弱いとやせぎすになるなどと言うと、根拠に乏しい言説とされます。

 このように基本的なコンセプトの導入の時点で“ずれ”が生じてしまうのは音楽の世界も同様で、今の時代なら小学生でも知っているドレミファソラシドの「音階」も、幕末明治の日本人には受け入れがたいものだったそうです。

 欧米の音階を押し付けても日本の文化風土に根付いていかないため、中国や日本の古い音楽を参考に、7音の音階のうち2音を省略して再編成された5音の音階(ペンタトニック)が活用されました。「春の小川」「赤とんぼ」など、多くの人に親しまれている童謡は、じつは明治期以降に5音音階をもとに作られており、音楽教育の欧米化が意図されたものであったようです。

「即興演奏」により生み出される漢方の「新薬」

 さて、前回は漢方医学がいかにして「新しい薬」を発明するのかについてお話ししましたが、これも三味線音楽と類似点があるのです。浄…

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。