回復/修復に向かう表現

非人間的な制度を解体するための対話とアート

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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【写真1】オンライン対話シリーズ「アボリション運動を視覚化する」より。中央がアンジェラ・デイビス “Visualizing Abolition with Angela Y. Davis and Gina Dent,” UC Santa Cruz Institute of the Arts and Sciences, streamed live on October 20, 2020.
【写真1】オンライン対話シリーズ「アボリション運動を視覚化する」より。中央がアンジェラ・デイビス “Visualizing Abolition with Angela Y. Davis and Gina Dent,” UC Santa Cruz Institute of the Arts and Sciences, streamed live on October 20, 2020.

99.4%隠された映像

 名古屋出入国管理局でスリランカ人のウィシュマ・サンダマリが死亡した事件で、12日、2時間に「編集」された監視カメラの映像が遺族にのみ「公開」された。

 入管によると対象となる映像が少なくとも13日分はある。であれば、今回編集された2時間の映像は312時間のうちの0.6%に過ぎない。言い換えると、遺族にすら99.4%が隠された状態にあり、遺族の代理人である弁護士や市民は100%アクセスできない状態にある。これを「公開」と呼んでしまってよいのだろうか。

 そもそも映像の編集という作業は、方針や意図に従って行われる。逆にいうと、方針や意図がなければ編集は成立しない。今回について言えば、10日に発表された調査報告書にも表れているように、組織としての責任追及を免れるために管理職への処分(にしても訓告や厳重注意は軽過ぎる)という筋書きがあらかじめ用意され、それに従って映像が取捨選択されたのではなかったか。映像制作が本業である私の目にはそのように映る。

 これはもはや、入管による映像作品だ。さしずめエグゼクティブプロデューサーは上川陽子法相で、プロデュースは出入国管理庁か? 監督、構成作家(脚本家)、編集を務めたのは一体誰だったのか? どのような手順で編集され、“Go”が出されたのか? 疑問だらけでミステリー小説にもなりうる。

 とここまで書いたら、サンダマリの医療・処遇関係の書類1万5113枚の大半が黒塗りで戻ってきたという情報がツイッターに流れてきた。壁面に張られた膨大な紙が真っ黒で、こちらは現代アートだ。しかも印刷代で15万円の費用請求があったというから開いた口が塞がらない。

 この笑うに笑えない悪質なパロディーのような現実を前に思いをはせているのが、北米から世界に向けて大きなうねりを起こしている「アボリション(廃止)運動」だ。抑圧や不平等に加担するあらゆる制度(刑務所、死刑、警察、移民収容施設など)の廃止を求める社会運動である。

 実は、前回の「『刑務所に代わる空間』をデザインする」に登場する建築家のディーナ・バン・ビューレンの活動も、「美術館で語り合う大量投獄の時代」で取り上げた展覧会「時を刻むということ 大量投獄時代におけるアート」の開催も、この運動の流れを汲(く)んでいる。

 今回は「アボリション運動」に着目し、対話やアートが果たす役割について考えていきたい。

「アボリション運動」とは?

 なぜ米国の刑務所には、黒人や有色人種、読み書きができない人、貧困や精神疾患の人が多いのか。そもそも刑務所は、このような問題の解決になるのか。

 1960年代後半から70年代前半にかけてそうした問いを立て、生まれたのが「アボリション運動」だった。刑罰や投獄は解決どころか問題そのものであるとの見地に立ち、運動の目的に刑務所廃止を掲げた。

 いきなり廃止? 改革すればいいじゃない?とつっこみたくなるかもしれない。しかし、改革は刑務所が誕生した時点から繰り返されてきており、その度に見栄えだけが良くなり、根本的な問題解決には至らなかったとアボリショニスト(廃止論者)は批判する。

 70年代後半から米国は犯罪政策として刑務所の建設や厳罰化をはかってきた。その中で企業、政治家、マスメディア、刑務所職員組合など、刑務所から利権を得る集団が登場し、受刑者人口が激増した。90年代にはこの構図が「産獄複合体(prison industrial complex)」と名付けられ、米サンフランシスコなど都市部の若者らが呼応する形でこの問題を語り、反対運動を展開し始めた。

 しかし、「アボリション運動」が最も注目を浴び、拡大化したのはごく最近のことだ。2020年5月に米ミネソタ州ミネアポリスで起こった白人警察官によるジョージ・フロイドの殺害事件を機に民衆蜂起にまで発展した#BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命を軽視するな)は記憶に新しいと思うが、それは「アボリション運動」の理念を受け継いでいる。

 事件直後から警察に対する予算凍結や削減、規模縮小といった現象が各地で見られたが、これらは単なる警察改革ではなく、「警察を廃止せよ!」という「アボリション運動」の声に呼応する形で起こった。というのも毎年多くの人が警官に殺されており、被害者の多くが黒人であることは周知の事実である。警察による暴力は決して個人の問題ではなく組織的かつ構造的レイシズムの問題だという認識が社会に共有され起きた動きなのだ。

 前回紹介した「修復的司法」(Restorative Justice=犯罪を損害と捉え、対話によって解決方法を探るアプローチ)が広まってきたのは、実は80年代以降の司法改革の流れからだったが、最近はより抜本的な社会的構造に目を向けた「変革的正義」(Transformative Justice)が浮上してきている。警察や刑務所をなくし、より人間的な制度をいかに構築できるかという問いに基づいたアプローチだ。奴隷制度にまでさかのぼり、いかなる社会的賠償が行われるべきかという議論も始まっている。

 さらに注目したいのは、米移民・税関捜査局(ICE)といった在留資格を持たない人々を対象とする組織や国境そのものをも廃止せよ、という声にまで発展している点だ。たとえば、メキシコとの国境を越えて米国に入国してくる多くが中米出身者であり、米国は国境警備や壁の建築に莫大(ばくだい)な投資をしてきたわけだが、そもそも経済的格差が存在するこ…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。