医療プレミア特集

人にそっくり アルツハイマー病マウスの開発成功

永山悦子・論説委員
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 米国で新しいアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」(注)が承認され、アルツハイマー病の新薬開発への期待が高まっている。その際、なくてはならないのが「モデルマウス」だ。モデルマウスは、人の病気を再現したマウスのこと。脳の病気であるアルツハイマー病の病態を解明し、新たな薬の効果を確認するとき、モデルマウスの役割は大きい。日本はアルツハイマー病モデルマウスの開発では世界トップレベルだ。最近、新たなモデルマウスの開発に成功した理化学研究所脳神経科学研究センターの西道隆臣・神経老化制御研究チームチームリーダーにインタビューした。

患者の遺伝子変異を再現

 ――新たなモデルマウスは、過去のものに比べ、より人の状態に近い病態を再現できたそうですね。過去のマウスと何が違うのでしょうか。

 ◆まず、これまでのモデルマウスの特徴について説明しましょう。

 アルツハイマー病では、アミロイドβ(Aβ)というたんぱく質が脳に蓄積され、それが「老人斑」と呼ばれる凝集体を作り、神経細胞が壊されて認知症を発症します。Aβは、元になるたんぱく質「APP」から酵素によって切り出されて生じます。

 1995年に発表されたモデルマウスの「第1世代」は、このAPPを過剰に発現させたものです。しかし、本来は発現しないところでも発現したり、患者にはない症状が出たりするなど、人とはかなり異なる状態でした。

 そこで、開発されたのが「第2世代」です。私たちのチームが2014年に発表しました。アルツハイマー病を若くして発症することが多い家系があることは知られていますが、そのような遺伝性のアルツハイマー病の患者で確認された遺伝子変異を再現しようと考えたものです。

 第2世代には2種類のマウスがいます。一つ目は、できるだけ人と同じような状態を再現しようとしました。Aβの蓄積量を増やす遺伝子変異(スウェーデン変異)と、脳に蓄積しやすい「悪玉Aβ」を多く作る遺伝子変異(イベリア変異)を導入したマウスを作りました。すると、人で見られるものと同じようなAβが蓄積することが分かりました。しかし、しっかりと蓄積し、症状が出るまで1年半程度かかりました。これでは、大学院生や博士研究員(ポスドク)が迅速に研究を進めたいときに適しません。

 そこで、Aβの蓄積スピードを上げようと、二つ目のマウスを作りました。欧州で数家族だけいる遺伝性のアルツハイマー病の患者でみられる遺伝子変異(北極変異)を加えてみたのです。すると半年くらいでびっしりとAβがたまりました。

「第2世代」マウスの決定的弱点

 ――第2世代の早くAβが蓄積するタイプの登場によって、研究をしやすくなったのでしょうか。

 ◆研究テーマによっては、そう言えます。アルツハイマー病の病態のうち、神経細胞を破壊する炎症症状や、神経細胞の中に「タウ」というたんぱく質がたまる状態の研究は十分にできます。しかし、大きな問題がありました。北極変異はAβの構造にかかわる部分に入っているため、できあがったAβの性質が人のものとはかなり違っていました。人のAβよりも凝集しやすく、分解されにくくなっていました。特に問題なのが、構造が変わるため、抗体医薬の効果の確認ができないことです。抗体は、相手の細胞表面に結合して機能しますが、北極変異が入ったAβ表面は人とは異なっているため、アデュカヌマブを投与してもAβに結合できず、効果を確認できないのです。

 ――それでは新薬開発に役に立ちませんね。

 ◆はい。そこで、人と同じような構造のAβが迅速に蓄積するタイプのマウスを開発しようと考えました。それが、先月、米科学誌「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー」電子版に発表した「第3世代」マウスです。

研究の迅速化に期待

 ――どんなマウスなのですか。

 ◆「第2世…

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永山悦子

論説委員

1991年入社。和歌山支局、前橋支局、科学環境部、オピニオングループ、医療プレミア編集長など経て、2022年4月から論説委員。2010年に小惑星探査機「はやぶさ」の地球帰還をオーストラリアの砂漠で取材し、はやぶさ2も計画段階から追いかける。ツイッターは、はやぶさ毎日(@mai_hayabusa)。好きなものは、旅と自然と山歩きとベラスケス。お酒はそこそこ。