医療プレミア特集

不安とどう向き合う? コロナ禍の妊娠・出産

鈴木敬子・毎日新聞 医療プレミア編集部
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 千葉県柏市で先月、新型コロナウイルスに感染した妊婦の搬送先が見つからないまま自宅で早産し、新生児が死亡した問題は、多くの人に衝撃を与えた。とりわけ現在、妊娠中の女性は不安をかき立てられたのではないだろうか。コロナの感染拡大が続く中、こうした不安とどう向き合っていけばよいのか。北海道や鳥取県など全国各地の病院で診療し、妊婦の声に耳を傾けている産科医の竹内正人医師に、妊婦の不安への対処法やコロナ禍での出産に向けた心構えを聞いた。

 ――今回の問題を聞いて、どう感じましたか。

 ◆「起こるべくして起こった」と思いました。これまでも日本の周産期医療システムは、平時は機能しても、非常時にうまく機能しないことがありました。たとえば、2008年に脳出血を起こした妊婦が、総合周産期母子医療センター(※1)である東京都立墨東病院など8病院に受け入れを断られ、出産後に死亡した事例などが挙げられます。「周産期+脳出血」「周産期+コロナ感染」のように、通常の周産期以外にも対処が求められる患者さんを救える機能を兼ね備え非常時でも受け入れられる、という体制は整っていないのが現状だからです。

 今回はコロナという前例にないことでした。院内感染やクラスターが発生すると病院の機能を制限したり、ストップしたりしなければなりません。「助けてあげたい」と思っても、無意識のうちの制約やそんたくが働いて受け入れられないケースもあるでしょう。

 自己犠牲を払いながら一つの命に向き合い、医療にまい進している現場の医師たちの多くは、今回の問題が自分の目の前で起きたことではなくても、「まだまだ自分たちの力の及ばないことがたくさんあるのか」という無力感や悲しみを感じていると思います。

今回のことを基準に考えないで

 ――今回の問題で不安になっている妊婦さんは多いと思います。「起こるべくして起こった」となると、ますます不安を募らせる人は多いのではないでしょうか。

 ◆「不安にならないように」と言っても無理な話でしょう。しかし、基本的に今回のことは「例外」であり、一般に起きていることではありません。あくまでも例外の出来事だからニュースになっているのです。妊婦さんの感染も増えてきましたが、妊婦の感染者が多いわけではありません。妊娠後期に感染すると重症化する人もいますが、そもそも妊娠する人は体力のある人ですから、今回のことを基準に考えないでほしいと思います。

産科医の竹内正人医師=本人提供
産科医の竹内正人医師=本人提供

 何事にも「リスクがゼロ」ということはありません。そもそも妊娠・出産期というのはリスクと隣り合わせで、命が脅かされる時期にあたります。ところが妊婦さんは妊娠、出産で自分自身や赤ちゃんが命を落とすことがあるとは知っていても、通常「人ごと」で、それが自分の身に起こるとは思っていないでしょう。しかし、今回はインパクトのあるニュースで情報も多いので、多くの妊婦さんは「自分ごと化」しています。調べれば調べるほどいろいろな情報が出てきて、それはたいてい不安をかき立てるようなものです。ただし、その情報はあなたの体、あなたの子どものことではないのです。

 落ち着いて考えてみてください。歴史の上でも世界の中でも、日本はいま、それでも一番安全に産める時代であり、場所でもあることに変わりないのです。今回の問題を「自分ごと化」してしまいそうな環境と、どう折り合いをつけていくかが大切です。

 ――改めて妊婦の感染予防対策について教えてください。

 ◆予防策は三つあります。一つはワクチン接種、二つ目は3密(密閉、密集、密接)を避ける▽手洗いをする――などの基本的な感染対策を徹底する、三つ目は妊娠中は抵抗力が下がり、コロナに限らず感染症にかかりやすいので、生活習慣を見直し、メンタルも含めた体調を整えることです。

ワクチン接種をどう考え、行動するかがその先につながる

 ――ワクチン接種については、日本産科婦人科学会などが「妊婦は時期を問わず推奨する」としていますが、民間会社による調査では、未接種の妊婦のうち3割以上が「接種したくない」と回答している(※2)ようです。

 ◆私もワクチン接種については外来でよく聞かれます。質問はだいたい「ワクチンは接種しても大丈夫ですか?」「(他の妊婦の)皆さんは接種していますか?」の二つです。そう聞かれた時、私は「あなたはどうしたいんですか?」と質問しています。

 
 

 このような質問をされる方は「接種しようかな」と思っているけれど、医師に「大丈夫ですよ」と安全性を担保してほしい、そんな心理の人が多いのではないかと感じます。「大丈夫ですか?」と聞く人には、「リスクゼロ」ではないけれど、妊婦さんだから特に副反応が出るとか赤ちゃんに影響するというリスクは低い▽胎盤や母乳など母体を通じて胎児や新生児に抗体を送り赤ちゃんを守る――といったメリットの方が大きいと考えられることなどを説明しています。

 もちろん接種したくないという方もいます。その場合はその理由を聞いています。ワクチンが漠然と怖いという方にはできるだけ具体的な説明をします。ただ感染者があまり出ていない地域に住んでいて、ほとんど外出もしないから接種はしないでおくなど、きちんとした考えがある方に接種を勧めることはしていません。基本的にはその人の考えを尊重します。ワクチン接種をするか否かよりも、その人がどう考えてどう行動するかが、その先の出産、育児だけでなく、その後の生き方につながると考えるからです。

大自然の映像を見ながら自分の心と体を意識するのもいい

 ――感染対策でパートナーなどの立ち会いができない病院も増えています。

 ◆本来、出産する女性が陣痛でつらいとき皆で励まし、命が生まれてくる瞬間を家族で共有するというのがあるべき姿だと思います。それができないことで、長期的には何らかの影響が出てくるのではないかと危惧しています。

 
 

 お産という経験を通して、女性だけでなく、家族にも新しい種がまかれ、そこから育まれていくものがあるはずです。コロナ以前から、安全に出産できるようにはなったけれど、病院は「妊婦ファースト」「家族ファースト」になっているのだろうかという疑問を抱いてきました。たとえば昔は逆子や、前回が帝王切開の出産でも条件がよければ経膣分娩(けいちつぶんべん)で普通に産んでいましたが、今はほとんどが帝王切開になります。出産の場でも「何かあったら大変」という考えが先にきてしまい、妊婦さんや家族の意向や尊厳を重んじ、新しい命を温かく迎え入れるという風潮が薄れてきているのではないかと感じるのです。

 コロナの時代になって、多くの病院では立ち会い出産まで制限されるようになりました。感染予防の面では「安全」かもしれないけれど、それを大義名分にして「安心」が必要以上に犠牲になっているのではないだろうか。以前からあった安全重視の風潮がコロナでより顕在化してきているように感じます。

 ――家族の立ち会いを希望していたのにできなくなり、不安を抱えている妊婦さんに何かアドバイスはありますか。

 ◆お産を通じてたくさんの人が亡くなっていた時代を生き抜き、ここまで命が脈々とつながって、今を生きている一人一人には産み育む力が備わっているはずです。一番大切なことは、自分自身の産む力と赤ちゃんが生まれてくる力を信じることだと思います。医療でできることは限られているので。

 大自然や大海原、星空などを見ることで、自分や自分の悩みは何てちっぽけなんだと感じる「オウ体験」というものがあります。コロナで外出が難しい場合は、映像でも効果があるといわれています。不安にかられるときは、そうした雄大な映像を見ながら、あらゆる情報をシャットアウトし、自分の体と心を意識してみてください。瞑想(めいそう)もおすすめです。

 
 

 人と自分を比較しないことも大切です。お産は女性にとって一世一代のパフォーマンスですから、自分なりに心と体を整えて、お産に臨んでいくこと。超一流のアスリートでさえコンディションによって発揮できるパフォーマンスは大きく違ってくるからです。人生にはコントロールできないことも起きますが、「受け入れる」「大きな流れの中に身を委ねる」、そして「覚悟を決める」という心持ちでいてほしいと思います。

医師や助産師と信頼関係を築いていく

――もしコロナにかかったらどうしよう、と考える妊婦もいるでしょう。

 ◆「もしコロナに感染したら、どうなりますか?」という質問も多いです。重症化した場合の搬送先など、平時であれば分かりますが、平時のシステムが機能しにくい非常時のことはよく分かりません。そういうときは、不明確な情報を伝えるだけでなく、「その時にならなければ分からないけれど、その時は何とかするから。大丈夫!」と付け加えると、少し落ち着いてくれます。

 ただし、「僕が何とかする」と言えるのは、その患者さんとの信頼関係ができているからでもあります。ですから、医師や助産師と信頼関係をつくっていくのは大切なことです。患者さんは「医師や助産師はたくさんの患者を見ているから、私のことなんて覚えていないだろう」と思っているかもしれませんが、案外覚えているものです。少なくとも私はよく覚えています。ちゃんと一人一人と向き合いたい。それが医療者としてのやりがいだからです。

 病院によっては医師や助産師を指名できるところもあります。気が合いそうな医師や助産師がいたら、その医療者に継続的に関わってもらうようにすると、何かあったときに相談しやすいでしょう。医療者側もそういう患者さんは気になるものです。

 
 

 ――忙しい医師や助産師と関係を築くのは、なかなかハードルが高そうです。

 ◆ちょっとしたことですが、ただの「先生」ではなく「竹内先生」などと名前で呼んでみると、よりパーソナルな関係ができやすくなると思います。それが嫌という医師や助産師もいるかもしれませんが、多くの医療者は「自分のことを信頼してくれている」と感じるでしょう。関係をつくろうという意識があるのとないのとでは、まったく違ってきます。立ち会い出産も制限される中、産科のスタッフと良好な関係を築くためには、妊婦さんもそうした意識を持てるとよいのではないかと思います。

 そして、「他の妊婦がどうしているか」という質問だけでなく、不安なことも含めて「自分はこう考えている」ということを話すといいと思います。

 コロナで人と人との距離感が遠くなる中、誰かと関係をつくる力は、産後に家族やパートナーとの関係にも生かされると思います。本当につらいときに我慢しないでSOSを出せるような関係であるのか。SOSの発信先は医療者でも大丈夫です。

 ――医療者とコミュニケーションを取ろうとする姿勢が、産後のつらい時に助けを求める訓練にもなるということですか?

 ◆はい。そして、同じような人がいた時に手を差し伸べやすくもなるでしょう。そういう良い循環を作り出す最初の一歩を自分から踏み出してほしいと思います。不安に翻弄(ほんろう)されてギスギスした気持ちを抱えているばかりでなく、人との関係をつくることで開放し表出していく。そういう心がけをしてほしいと思います。

 
 

 ――コロナ禍で里帰り出産ができないなどの理由で、産後にも不安を持つ人が多いのではないでしょうか。

 ◆産後は体力、メンタルともに弱っていますから、育児に対する不安が繰り返し押し寄せてくることがあるでしょう。できればパートナーがそばにいて、相手のことを否定せず「そうなんだよね」と産後の女性の話に耳を傾けてあげられるといいでしょう。産後は自分の感情を表出できるかどうかが大切になります。パートナーが難しければ、どなたでもいいので、話を聞いてくれる人が一人でもいるといいですね。

 産院の助産師さんだけでなく、各地の助産師会などがつくっている相談の場は、探してみると結構あります。オンラインでもいいので、実際に誰かと話せる場とつながってほしい。産後も「非常時」ですから、心のケアをより大事にしてほしいと思います。

たけうち・まさと エナレディースクリニック(北海道石狩市)などで産科医として勤務するほか、地域、国、医療の枠を超えてさまざまな取り組みを展開。1961年生まれ。87年、日本医科大卒。葛飾赤十字産院(現・東京かつしか赤十字母子医療センター)産科部長、桜川介護老人保健施設(東京都墨田区)施設長などを歴任。JICA(国際協力機構)の母子保健専門家として、ベトナム、アルメニアなどでの母子医療にも関わってきた。2007年には妊娠・出産・育児中のママ、パパ向けのメールマガジン「そのママ」をスタートさせ、メッセージキャラクター「しきゅうちゃん」を発表。著書・監修書に「マイマタニティダイアリー」(海竜社)、「赤ちゃんの死へのまなざし」(中央法規出版)など多数。公式ホームページ「Accept & Start」(http://www.takeuchimasato.com/

産科医の竹内正人医師(右)=アフリカで、本人提供
産科医の竹内正人医師(右)=アフリカで、本人提供

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※1:リスクの高い出産の「最後のとりで」として、未熟児や新生児、母体の救命を目的に設置された産科施設。母体・胎児集中治療室(MFICU)や、新生児集中治療室(NICU)を備え、複数の医師が24時間体制で患者を受け入れる。

※2:妊娠・育児情報サイト「ベビカム」が8月20日~24日、ウェブ上でワクチンの接種状況について尋ねた。妊娠中の女性85人のうち、「まだ接種していない」と回答したのは70.6%で、このうち35.0%が「接種したくない」と答えた。

特記のない写真はゲッティ

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鈴木敬子

毎日新聞 医療プレミア編集部

すずき・けいこ 1984年茨城県生まれ。法政大卒。2007年毎日新聞社入社。岐阜支局、水戸支局、横浜支局などを経て、15年5月から医療プレミア編集部。