漢方ことはじめ

私たちはなぜ健康を保たないといけないのか 「養生」の論理と倫理

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
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 私が漢方を学んだ北里大学東洋医学研究所では、夏と冬の年2回、医学の歴史に関する講演会を催しています。普段、学会などに参加すると、医学の最先端のトピックを追いかけ回すばかりになってしまいがちです。それはそれでエキサイティングな体験ではあるのですが、多くの人の耳目を惹(ひ)きつける話題ほど、飽きが来るのも早いものです。 歴史の視点が入ったお話だと、いままで思ってもみなかったような疑問点や、忘れ去られ最近では論じられなくなった考え方を、新たに見直せるようになります。

 今夏のテーマは「養生」でした。会の冒頭、日本内経(だいけい)医学会の前会長、宮川浩也先生はレクチャーで、「養生」とは、天から与えられた寿命を本来のままに全うすることであると定義されたあと、「養生」は、「自分養生」と「他者養生」の二つに大別される、と述べられました。

 「自分養生」は自分の体を大切にすることですから、一般的に使われる意味での養生とさして変わりませんが、ほかのものを「養生」するという言い方は、今では引っ越しや掃除のときに建物の壁を傷つけないようにしたり、運動場の芝の整備をしたりするなど、特定の時にしか使われないのではないでしょうか。

 宮川先生によると、自分にとって大切な存在――親族であったり、友人であったり、ペットや宝物など――を大切に扱うのも立派な「養生」であり、そういった他者を大切にするには自分が元気でなければならず、自分を大切にする動機になるのだ、と指摘されました。つまり「他者養生」によって「自分養生」が支えられる、というわけです。

 これは多分に儒教的な背景があり、「孝経」という孔子の言葉をまとめた書物の一節に「身体髪膚、これを父母に受く。あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始めなり」という言葉があります。私たちの身体は、私たち自身のもののように思いがちですが、じつは…

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。