医療プレミア特集

新型コロナ 「イベルメクチンは特効薬」「デルタ株は空気感染する」は本当か

西田佐保子・毎日新聞 医療プレミア編集部
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「屋内など閉鎖的な空間にいるときは、マスクをすることや人同士が距離をとることだけでなく、換気が大切」と話す米ジョージタウン大学内科助教で米国感染症専門医の安川康介さん
「屋内など閉鎖的な空間にいるときは、マスクをすることや人同士が距離をとることだけでなく、換気が大切」と話す米ジョージタウン大学内科助教で米国感染症専門医の安川康介さん

 新型コロナウイルスの感染拡大が続き、国内では世界保健機関(WHO)が最も警戒度が高いVOC(懸念される変異株)と位置づける感染力の強い変異ウイルス「デルタ株」が猛威を振るう。日々状況が変わり、さまざまな情報がメディアやネット交流サービス(SNS)で飛び交い、「何を信じればいいか分からない」と不安に感じている人も多い。新型コロナについて知っておきたい科学的根拠(エビデンス)に基づく情報について、米国感染症専門医の安川康介・米ジョージタウン大学内科助教(39)に聞いた。【聞き手・西田佐保子】

捏造疑惑で、撤回されたイベルメクチンに関するデータ

 ――新型コロナ治療薬の承認が徐々に増えています。一方、新型コロナに対しては未承認の薬が投与されているケースもあります。その一つが、現在、臨床試験(治験)中の抗寄生虫薬「イベルメクチン」です。イベルメクチンは、WHOが「服用は治験に限定するよう」求め、論文のエビデンスを検証する国際的な非営利学術組織「コクラン」(本部・英国)も「エビデンスの信頼性は非常に低い」としています。さらに、イベルメクチンを開発した米メルクは今年3月と8月、また9月にも「新型コロナに対する治療効果を示すエビデンスは示されておらず、大半の治験において安全性に関するデータが不足している」との声明を出しています。にもかかわらず、個人輸入して使用している人もいるようです。

 ◆イベルメクチンは、ノーベル医学生理学賞受賞者、大村智・北里大特別栄誉教授が発見した細菌が生成する物質を基に開発されました。ふん線虫症やダニが原因で起こる疥癬(かいせん)などに対する薬として米食品医薬品局(FDA)で承認されています。また、馬や牛などの動物にも寄生虫駆除用として使用されています。

 現状、イベルメクチンを新型コロナの治療薬として承認しているのは、チェコやスロバキアなど限られた国です。イベルメクチンが注目されるようになったきっかけは、昨年4月にオーストラリアのグループが発表した「試験管内で新型コロナウイルスの増殖を抑えた」という論文です。

 同じく4月、データ分析会社「サージスフィア社」提供による臨床データを使い、新型コロナの治療効果を検討したプレプリント(正式な論文として発表される前段階の草稿)が、オンラインの研究発表ネットワーク「SSRN (Social Science Research Network) 」に掲載されます。「イベルメクチンが新型コロナウイルス感染症による死亡率を下げるのではないか」という内容でした。

 これらのデータを基に論文が発表され、ペルーやボリビアなどでイベルメクチンが使用され始めました。しかし、サージスフィア社がデータを捏造(ねつぞう)していた疑惑が浮上し、有名な医学雑誌から論文が撤回されるという事件が起きました。イベルメクチンに関するサージスフィア社のプレプリントも、SSRNから撤回されました。

 その後も、さまざまなイベルメクチンに関する論文が発表されたものの、いずれも「規模が小さい」「単独ではなく他の薬剤も同時に使用している」「被験者の先入観などのバイアスを避ける『盲検化(目隠し化)』が徹底されていない」「被験者の重症度が明確ではない」などの問題があり、イベルメクチンの有効性を決定的に裏付けるものはないとされています。

 さらに、いくつものメタアナリシス(複数の研究結果を統合して解析)が出て、効用を示す論文、否定する論文が相次いで発表されました。その一つ、イベルメクチンの有効性をうたうメタアナリシスの結果に影響を与えたエジプト・ベンハー大学のプレプリントがデータ操作の疑いなど「倫理的な問題がある」として、プレプリントを掲載するサイト「Research Square」から撤回されました。

 現状、FDAは「イベルメクチンをコロナの治療や予防に使用してはいけない理由」というページを設け、予防や治療の薬としての使用は承認されていないことを説明し、欧州医薬品庁(EMA)も、臨床試験以外では使わないように勧告しています。

 さらに、FDAはイベルメクチンには量を間違えれば、嘔吐(おうと)、下痢、血圧低下、アレルギー反応、めまいやけいれんなどの副作用が起こり得ると警告しています。日本ではインターネットなどでイベルメクチンを個人輸入している方もいますが、そうした海外からの薬は品質や安全性が保証されていないのでリスクがあります。

 ――米国医師会(AMA)、米国薬剤師会(APhA)、米国医療システム薬剤師協会(ASHP)も、予防または治療のためにイベルメクチンを注文、処方・調剤することに強く反対していますね。ただし、医師によって評価が分かれているのが現状です。医療情報全般において言えることですが、一般の人は、どの医師の発言を信じればいいのか判断できません。

 ◆イベルメクチンの使用を推進しているのは、ごく一部の医師のはずです。現状のエビデンスを考えれば、イベルメクチンを新型コロナウイルス感染症に使用するための根拠は不十分と大半の医師は考えているのではないでしょうか。

 例えば、100人の患者にイベルメクチンを処方した医師が「イベルメクチンは効いた」と言っても、それで有効性が証明されたことにはなりません。その100人の患者が、もし基礎疾患のない比較的若い方であった場合は、イベルメクチンを飲まなくても、重症化や死亡はしなかった可能性があります。

 薬の効果を確かめる場合、薬を飲んだ方と飲まなかった方、それも、年齢、性別や基礎疾患などができるだけ同じような二つのグループで比べなければいけません。薬の効果を評価する良い方法といわれているのはランダム化比較試験(患者を複数のグループに無作為に分け、薬の効果を検証する試験)と呼ばれる臨床試験です。できれば複数の、適切に実施された、質の高い臨床試験において薬の有効性が認められた段階で、多くの場合、有効な治療薬と判断されます。

 とはいえ、一般の方がどの情報を信じればよいかというのは、厄介な問題です。有効性を訴える情報は、ネットですぐに見つかります。断片的な情報を見て、「やっぱり効…

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西田佐保子

毎日新聞 医療プレミア編集部

にしだ・さほこ 1974年東京生まれ。 2014年11月、デジタルメディア局に配属。20年12月より現職。興味のあるテーマ:認知症、予防医療、ターミナルケア。