回復/修復に向かう表現

国連が問う「変わる」意志

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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【写真1】国連ウィーン事務局で行われたシンポジウム「刑事収容を再考する」でパネリストの一人を務め、プレゼンをする筆者(左から2人目およびスクリーン)=9月9日
【写真1】国連ウィーン事務局で行われたシンポジウム「刑事収容を再考する」でパネリストの一人を務め、プレゼンをする筆者(左から2人目およびスクリーン)=9月9日

インスピレーションとしての企画

 「国連薬物犯罪事務所(UNODC)」が9月7日から11日までの5日間、オーストリアの首都ウィーンにある国連事務局とオンライン上との両方で「刑事収容を再考する(Rethinking Incarceration)」と題したイベントを開催した。

 そのチラシには次のように書かれている。刑事施設における過剰収容の問題は世界が取り組むべき緊急課題であり、刑務所のあり方を見直すことが早急に求められている。そのインスピレーションとしての企画を発案した、と。

 このイベントには「フィルム上映シリーズ」という副題がついており、2人の監督によるドキュメンタリー映画をオンライン公開したのだが、実は私はその一人だった。監督した2作品(「Lifers ライファーズ 終身刑を超えて」と「プリズン・サークル」)が欧州でオンライン上映されたほか、ゲストとして招待され、長年刑務所に関する取材をしてきた者として発言の場を与えられた。

 今回は、この国連のイベントに関する報告を行いたい。

収監をめぐる国連の立場

 そもそも今回の企画を主催したUNODCとは、どのような組織なのだろうか。

 一言で言うなら、不正薬物や国境を超えた組織犯罪に対処する指導的立場の国際機関だ。さらに言うと、薬物、犯罪、テロリズムなどに関する調査・分析を行ったり、国際条約の締結や実施に尽力したり、国連加盟国の国内法の整備を支援したり、これらをめぐる状況を改善するための技術協力を行ったりする組織である。

 実は2021年4月、このUNODCを筆頭に国連の複数の機関が共同で「収監に関する国連システムの共通見解」という文書を発表した。条約ではないが、刑事収容をめぐる国連の立場を示したものである。

 この見解では次の三つのテーマに絞り、それぞれ見直されるべき点が盛り込まれている。

(a)予防・代替政策への転換

(b)刑務所におけるより良い運営と環境の改善

(c)犯罪者の更生と社会復帰

 たとえば(a)に関して薬物乱用を例に挙げると、「公衆衛生上の問題」「健康中心で倫理的基準に沿ったエビデンスに基づく対応が必要」などと明記され、刑務所での収監の必要性はないとの立場を明確にしている。

 今回の一連の企画は、こうした「収監に関する国連システムの共通見解」を広く世界に知らせ、根本的に考え直すためのプラットフォームとして発案されたものといえる。

刑務所の抜本的見直しを迫るシンポジウム

 9日には国際シンポジウム「刑事収容を再考する」が国連事務局で開かれ、オランダ、アメリカ、韓国、マラウイなどとオンラインでつなぎ、前述の「収監に関する国連システムの共通見解」の三つのテーマに従って、それぞれパネリストが発表を行った。

 オープニングスピーチを行ったのは今回の企画の発案者であり、UNODC事業局長の加藤美和である。世界70カ国100カ所に事務所やオフィスがあり、2000人余りが働くこの大規模な組織の幹部だ。

 彼女のスピーチの概要は次の通り。

 世界では1170万人もの人々が収監され、刑務所人口は増加の一途をたどっている。しかもその4割以上が未決囚(公判前に勾留されている人々)であり、不当かつ長期にわたる収監は深刻だ。ジェンダーの問題も顕著で、男性と比べて刑務所に収監される女性は少ないものの、過去10年の増加率は男性のそれよりもはるかに高く、女性に対する待遇や環境の劣悪さや、男性主義の価値観が支配する施設運営の問題も見過ごせない。過剰で不適切な刑事収容は世界の多くの国で問題となっている。

 抜本的な見直しをしないまま矯正予算や施設を増やしても、また、刑務所職員向けにガイドラインを制定しても更生には結びつかず、不平等、排除、疎外など、そもそも犯罪を引き起こした要因をさらに悪化させてしまうだけではないか。

 収監されている人々は、刑事施設にいるべき人なのか。再犯防止や犯罪減少に有効なのはどのようなアプローチか。

 私たちは、そうした問いかけから始める必要があるだろう。

 そして加藤はこう締めくくった。この一連のイベントが目指すところは、犯罪や再犯の防止へと今までの見方をシフトすること。そのためにも、刑事司法関係者、研究者、市民運動の活動家に限定することなく、政治や教育に携わる人々、民間企業で働く人や地域住民など、幅広い層を巻き込む必要がある。

 前回紹介したアボリション運動のように、刑務所制度の廃止までは要請しないが、国連も人を収監するということ自体を問題視し始めたことがうかがえる踏み込んだ内容だった。

世界中の刑務所を回った映画監督

 今回のイベントに直接参加したもう1人の映画監督は、日本でも翻訳本が出版された「囚(とら)われし者たちの国-世界の刑務所に正義を訪ねて」の著者であり、刑事司法の分野で有名なニューヨーク市立大学(CUNY)ジョン・ジェイ・カレッジ・オブ・クリミナル・ジャスティスの教授でもあるバズ・ドライシンガーだ。

 元音楽ライターのドライシンガーは、世界9カ国の刑務所を2年かけて巡って前述の書を著しただけでなく、短編ドキュメンタリー映画10本からなる著書と同題のシリーズまで作ったと聞いて、そのマルチな才能と行動力に私はただただ圧倒されていたが、シンポジウムの開始数時間前にウィーンに到着した彼女に会って、さらに驚かされた。…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。