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お金をかけずにICTで介護を良くするには?

星野哲・ライター/立教大学社会デザイン研究所研究員
 
 

 高齢者がますます増えていくなか、介護現場の人手不足は大きな課題だ。ICT(情報通信技術)を活用して業務を効率化することも対策の一つだが、介護の業界は中小事業所が多いという経済的事情や、ヘルパーら働く人に比較的高齢者が多いなどの理由から、他の業界に比べてICTが広がりにくかったといわれる。  そこで、「お金をかけずにより良い介護へ」を掲げてICT導入を応援するNPOの活動が注目されている。法人名は「タダでカイゴをヨくしよう!」を略した「タダカヨ」(東京都大田区)。家族との面会や高齢者施設でのレクリエーション用娯楽にオンラインを活用したり、職員同士の連絡にスマホを活用したり。コロナ禍でのニーズにも合い、急速に利用者が増えている。ちょっとした工夫次第でICTは生かせるようだ。

コロナ禍きっかけに 簡単なマニュアルで好評

 8月26日午後2時、全国の350を超える高齢者施設で、ウェブ会議システム「Zoom」が接続された。施設利用者がパソコンやテレビモニターなどの前に陣取り、画面をみつめるなか、「ごぼう先生のオンライン体操レク」が始まった。画面中の「ごぼう先生」と呼ばれる男性の動きに合わせ、施設利用者が体を動かしたり、冗談に笑い声をあげたりして「参加」した。チャット機能を通して施設側から「楽しみにしていました!」などの反応が寄せられることもある。

 「コロナ禍で外出もままならず、利用者が楽しめる機会が減ってしまった施設が多い。少しでも楽しみをお届けできたらと、今年1月から月に1度、落語会など無料のオンラインイベントを始めました。同時に、施設職員や利用者にICTに親しむきっかけにしてもらう狙いもあります。一度使ってもらえば、意外と簡単なんだと気づいてもらえますので」と、「タダカヨ」代表の佐藤拡史さん(40)は説明する。オンラインイベントを始めた当初、参加する施設にZoomの利用経験を尋ねると、4割ほどが「初めて」と回答。「きっかけ」になっているのは間違いないようだ。

 イベントを利用してもらえるようにZoomの簡単なマニュアルをNPOのホームページで公開。それだけでなく、コロナ禍でリアルの面会が難しい場合にオンラインで施設入居者と家族らが面会するための簡易マニュアルや、ビジネス用チャットアプリ「LINE WORKS」などのマニュアルをいずれも無料で公開している。操作画面画像に説明文が加わり、とてもわかりやすい。オンライン面会マニュアルのダウンロード数は3万5000件を超えている。

オンラインイベントに「参加」する施設利用者=タダカヨ提供
オンラインイベントに「参加」する施設利用者=タダカヨ提供

 このオンライン面会を活用した介護施設から佐藤さんに感謝のメールが届いた。家族との面会ができずに2週間、声を出していなかった入居者が、パソコン画面上で孫と面会してうれしそうに話す姿に職員も涙が出た、という内容だ。「リアルで会えるのが一番ですが、ICTによる選択肢を提供できたことがうれしいです」と佐藤さん。

個別面談など慎重な準備で苦手意識解消

 佐藤さんは、大人用の紙おむつメーカーに勤務し、デジタルマーケティングなどを担当していた。コロナ禍で家族の面会さえできなくなった介護現場の実情をみていて、ICTを活用すればいろいろなことが改善できるのでは、と考えた。自身の経験やスキルを役立ててもらおうと2020年9月に退職して、12月にNPO法人を立ち上げた。

 ビジネスの世界と比べると、介護現場でのICT活用は驚くほど進んでいない事業所が多かった。職員同士の連絡が固定電話やファクスのみというところも。佐藤さんはその原因として、経営的にぎりぎりの事業所が多く「投資」に慎重なことや、介護現場は年配の職員比率が高く、ICTに対して漠然とした苦手意識があるためだと考えた。

 
 

 そこで、無料もしくは低コストで、しかも誰でも簡単に利用できるICTをうまく活用してもらうことを目指した。いま、その中核と位置付けているのが、一般的な無料通信アプリ「LINE」をビジネス用に使いやすくした「LINE WORKS」だ。職員同士や多業種がかかわる打ち合わせなど、連絡と情報共有のツールとしてマニュアルをつくり、導入を後押ししている。

 実際に今年1月から「LINE WORKS」を導入したのをきっかけに、紙での情報共有を廃止したのが、住宅型有料老人ホーム「晴れる家5号館」(堺市)だ。「以前はシフトの作成、研修報告、駐車場のシフトなど、すべて紙で情報共有していたため、紙ごみが大量に出て、資料の保管場所も大変でした。それがいまではすべてオンラインで共有できるようになり、業務効率が大幅に上がって残業が減りました」と副施設長の土山堅司さんは話す。

 業務改善を考えるなか、タダカヨが公開している資料をたまたまみつけたのが導入のきっかけだった。最初につまずくと苦手意識などからその後のICT導入が難しくなるため、土山さんは慎重に準備を進め、1カ月かけて約60人いるスタッフのうち30人ほどと個別面談するなどして導入。だが、いざ始めてみると拍子抜けするほど順調に進んだという。「LINEが使えれば使いこなせるので、本格的なICT利用への懸け橋になると感じました」と土山さんは振り返る。今後はグループの他の施設での導入も検討しているという。

 タダカヨの佐藤さんは「使いやすく費用もかからない優れたアプリを今後もみつけ、介護現場でICTを活用してもらえるようお手伝いしていきたいと思います。5年以内に全国の高齢者施設すべてのICT化ができれば」と意欲をみせる。

コロナ対応で新たに導入 「オンラインミーティング」が最多

 
 

 公益財団法人「介護労働安定センター」が7月、ホームページに公表した「介護労働実態調査(特別調査)」(20年12月から21年1月にかけ、東京や大阪など新型コロナウイルス感染者数が比較的多い5都道府県と、比較的少ない岩手、島根両県の介護事業所を合わせた計2160施設を対象に実施。回答数1240件)では、コロナ禍への対策としてのICT導入状況を調査している。

 その結果によると、新たに導入したICTは「オンラインミーティングツールによる会議」が25.5%と最も高く、「オンラインミーティングツールによる利用者とご家族の面会」「モバイル・タブレット端末で利用者情報を共有」がそれぞれ12.3%と続いた。一方、48.3%が「導入していない」と回答した。この中には「これまで導入していたが新規の導入はない」と「これまでも導入しておらず、新規の導入もない」の両者が含まれるため、全く導入していない施設の割合はわからないが、介護現場でのICT活用にはまだまだ余地があることがうかがえる。

特記のない写真はゲッティ

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ライター/立教大学社会デザイン研究所研究員

ほしの・さとし 1962年生まれ。元朝日新聞記者。30年ほど前、墓や葬儀の変化に関心を持って以降、終活関連全般、特にライフエンディングについて取材、研究を続けている。2016年に独立。立教大学大学院、東京墨田看護専門学校で教えるほか、各地で講演活動も続ける。「つながり」について考えるウエブサイト「集活ラボ」の企画・運営も手がける。著書に『人生を輝かせるお金の使い方 遺贈寄付という選択』(日本法令)、「『定年後』はお寺が居場所」(同、集英社新書)「終活難民-あなたは誰に送ってもらえますか」(2014年、平凡社新書)ほか。