共に生きる~子育ちの現場から フォロー

僕が生きづらさを抱えた子どもたちと出会う理由

渡部達也・NPO法人ゆめ・まち・ねっと代表
 
 

 静岡県富士市で子どもたちの遊び場、若者たちの居場所づくりをするNPO法人で活動する渡部達也さん。各地から視察があるなど、その活動に全国から注目が集まっています。渡部さんのもとには不登校や貧困、障がいなど、さまざまな事情を抱えた子どもたちも訪れます。子どもたちは今、幸せなのでしょうか。「子育て支援」の枠を超えて子どもたちと向き合う渡部さんが、心温まるエピソードと共にその様子を紹介します。連載第1回では、渡部さんが活動を始めた理由と、「子どもの生活圏での開催」「親の申し込み不要」など子どもたちを笑顔にする活動のポイントを語ります。

ほんのささやかな市民活動

 僕は妻と2人で小さなNPO法人を運営しています。静岡県富士市という地方都市での子どもや若者たちのささやかな居場所づくり。それは運動会種目の二人三脚のようです。思うように進まなかったり、つまずいて転んだりの17年間でした。その中で、生きづらさを抱えた子どもや若者と数々の印象的な出会いがありました。そのたびに学びがあります。この連載では、そんな学びの数々を事例と共にご紹介します。今回は名刺代わりに、試行錯誤しながら重ねてきた取り組みの概要をつづります。

まちづくりの手段を変える

 2004年、僕は16年余り勤めた県庁を38歳で中途退職し、「NPO法人ゆめ・まち・ねっと」を設立しました。行政ではできないまちづくりに取り組みたいと考えたからです。基本的に、行政は多くの市民が望んでいること、あるいは大きな団体が要望していることを施策化します。でも、行政の中に身を置くうちに、地域には少なくて小さいけれど、大切な要望があると感じるようになりました。そんな要望に手を差し伸べられたらと、市民活動者に転身しました。

 よく、「思い切りましたね」とか「すごい決断ですよね」と言われます。僕の中では単なる手段の変更にしか過ぎませんでした。できるだけ多くの人が幸せを感じられるまちをつくる。そのための手段として、初めは県庁職員を選択しました。その後に特定非営利活動促進法(NPO法)ができ、NPOの活躍を目の当たりにして、「あ、僕はこっちだな」と思っただけのことです。

子どもたちが自由に遊べる環境を

 手始めに取り組んだのは、子どもたちが自由に遊べる環境づくりでした。行政の取り組みの中で、足りないものの一つが、子どもの遊び場づくりだからです。行政による子ども支援は、教育と福祉が中心です。でも、子どもが育つために何よりも大切なものは、「外遊び」ではないかと感じていました。

 昭和の時代に子ども期を過ごした僕と妻にとって、「外遊び」は生活の中心でした。「外遊び」で多くのことを学んだとも実感していました。けれども、我が子たちの世代になると、子どもが外で群れて自由に遊ぶということが当たり前ではなくなっていました。そのことに危機感を覚えたのです。僕は県庁職員として児童相談所のケースワーカーや市内の広大な公園「富士山こどもの国」の開園スタッフをしていましたし、妻は看護師として重度心身障害児施設にも勤務していました。2人ともこうした子どもの育ちに関わる仕事をしてきたことも影響しました。

 今や公園には、火遊び禁止、ボール遊び禁止、自転車乗り入れ禁止といった看板が並びます。僕らが子ども時代に生き生きと遊んだ川も森も、子どもだけで遊ぶことができなくなりました。子どものひそかな遊び場だった空き地や資材置き場は、責任問題の高まりから立ち入り禁止の場所になりました。

 遊びを奪われた子どもたちは、社会的に豊かに育っていけるのか。遊びを子どもに返そう――。そ…

この記事は有料記事です。

残り2518文字(全文4012文字)

NPO法人ゆめ・まち・ねっと代表

わたなべ・たつや 1965年静岡県三島市生まれ。茨城大卒。88年静岡県庁入庁。児童相談所ケースワーカーや大規模公園「富士山こどもの国」の設立・運営、国体および全国障害者スポーツ大会の広報などに携わる。「まちづくり」という夢を追い求め、2004年に16年余り勤めた県庁を退職。同県富士市に移住し、同年秋、妻・美樹と共にNPO法人「ゆめ・まち・ねっと」を設立。空き店舗を活用した放課後の居場所「おもしろ荘」や地元の公園と川で自由な遊びを楽しむ「冒険遊び場たごっこパーク」、「0円こども食堂」などの開催を通じて、子どもの遊び場づくり・若者の居場所づくりに取り組む。里親として虐待を受けた子どもの社会的養育にもかかわっている。愛媛県松前町が創設し「義農精神」(利他の精神)を体現する活動に取り組む個人・団体を表彰する第1回「義農大賞」など受賞多数。 著書に「子どもたちへのまなざし-心情を想像し合い 積み重ねてきた日常 切れ目のない関係性-」(エイデル研究所)。