漢方ことはじめ

「聞く」ことの大切さ 伝統医学で重要視される“漠然とした”感覚

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
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香道・一の香炉をたく香元=1940年撮影
香道・一の香炉をたく香元=1940年撮影

 「聞香(もんこう)」という言葉があります。香りは嗅ぐものではなく「聞く」ものだ、という香道の考え方が表れている言葉です。漢方医学でも患者さんの体臭から診断をつけていくことを、患者さんの話を聞くこととあわせて「聞診(ぶんしん)」と呼んでいます。

 私は以前から、なぜ「嗅診」と呼ばないのか疑問に思っていたのですが、このあいだ、ある方に誘われて「聞香」の会に参加させてもらい、ああ、なるほど……と納得しました。今回はそのことについて書いてみようと思います。

 お香を聞くときは、部屋を薄暗くして静かな空間で、心を落ち着けて聞きます。「白い服を着て来てください」。私が参加した会では、なんとドレスコードまで指定されました。最初は何のためなのか理解できませんでしたが、どぎつい色の服を着てくると、視覚が刺激されるのでそれも避けたいという意図でした。

 香炉にくべられる香木は、耳かき1杯より少し多いぐらいの、非常にわずかな量です。なので、神経を集中させないとその香りを十分に感じられません。日常忙しい生活の中で、この香炉の中の空気が突然どこからともなく漂ってきたとしても、まずその香りに気づくことはないだろうと思いますが、すべての感覚を香りに集中させると、驚くほどはっきりと感じ取れます。

 これは、「耳を傾ける」「耳を澄ます」という所作にとても共通するところがあります。遠くで鳥が啼(な)いていたり、誰かが小声でボソボソつぶやいていたりしても、騒音の中では気づくことすらできません。あらゆる感覚刺激をシャットアウトして、能動的に注意を向けてはじめてその存在に気づけるのです。

 「鼻を傾ける」という表現を使いたいぐらいですが、鼻の穴は顔面と角度がついているので最初から傾いていますし、「鼻を澄ます」というのも、なんだか「鼻くそほじってよーく嗅げ」みたいな下品な意味合いが出てきますし、わざわざ「聞香」という美しい表現を採用したのではないかと思います。

「聴く」ことでこぼれ落ちてしまうものがある

 医療の現場では、よく先輩が後輩を指導するシーンで「患者の話をぼんやり聞いているだけじゃだめだ、もっとしっかりと注意して聴かなきゃだめだ」などという言い回しをされることがあります。「傾聴」「聴診」という単語もそうですが、医療者は「聞」よりも「聴」の漢字を好んでよく使うようです。「聞香」という言葉も、神経を集中させて注意を払うのであれば「聴香」の方が良いのではないか、と思われるかもしれません。

 数百年前から伝わる香木の香りを感じていた時、…

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。