漢方ことはじめ

病は「気候」から 気候と健康の関係

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
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ノーベル物理学賞の受賞が決まり、記者会見で笑顔を見せる真鍋淑郎氏=米東部ニュージャージー州のプリンストン大学で2021年10月5日
ノーベル物理学賞の受賞が決まり、記者会見で笑顔を見せる真鍋淑郎氏=米東部ニュージャージー州のプリンストン大学で2021年10月5日

 10月は例年ノーベル賞のニュースが世間をにぎわせます。今年は大気中の二酸化炭素濃度が気候変動に与える影響を研究した真鍋淑郎氏の受賞決定が日本で大きな話題となりました。私は新型コロナウイルスのワクチン開発にかかわる研究からノーベル賞が出る、と予想していたのですが、見事に外れました。そういう近視眼的な発想ではビッグサイエンスは生まれないのでしょうね。

 今回は真鍋氏に敬意を表して、気候変動が健康や病気に与える影響について考えてみようと思います。

 漢方医学では「六邪」といって、六つの環境的要因が生体のホメオスタシス(恒常性の維持)を揺るがし、体調を崩す要因となるとされました。その六つとは、風邪(ふうじゃ)・寒邪(かんじゃ)・暑邪(しょじゃ)・湿邪(しつじゃ)・燥邪(そうじゃ)・火邪(かじゃ)です。

 このうち「風邪」はもっとも慣れ親しまれている病名単語の一つですね。「そんな薄着で外に立っていたらカゼをひくよ!」と言うとき、冷たい風に長時間さらされていると悪寒がして熱が出て、頭痛や鼻水、のどの痛みといったカゼ症状が出るのではないかと心配しているわけです。これは、風にさらされていることとカゼ症状に因果関係を認めていることにほかなりません。

 あたりまえじゃないかと思われるかもしれませんが、現代医学、特に感染症医学の立場から考えると、風のせいでカゼをひくというのは当を得た話とは言えません。発熱や頭痛、咽頭(いんとう)痛といった症状は、鼻やのどの粘膜に病原微生物がとりついて起こるものであって、微生物がいなければどんなに風が吹いていてもカゼ症状など起こるはずがない、というのがプロの医療者の理屈です。

 その証拠に、年中寒い風が吹いている南極大陸の基地で過ごしている人はカゼをひかない、なんて話があります。カゼの病原体は人から人に伝染していくので、人の出入りが隔絶されたところでは感染も流行も起こらないのです。

 現代医学は環境要因や気象条件が人体に与える影響を正面から扱うことを避け、何か別のメカニズムで説明する傾向があるように思われます。もう一つの例を挙げると、温暖な地方の低湿地帯で熱病にかかる人が多いのを、昔から「瘴気(しょうき)」といって、湖沼から生じる有毒な空気が原因であるとする説が支配的でしたが、現代医学はこの現象に別の説明を付けました。

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。