
前回、世間で言われている認知症高齢者の激増という話は、アルツハイマー病のような特定の認知症を引き起こす病気が何らかの原因で増加しているわけではなく、80歳以上の人口が増え続け、その中に認知機能の低下を示す人が多いためだとお伝えしました。
80代後半以降に認知機能が低下するのは、正常加齢の範囲から大きく外れるものではありません。80代、90代で認知機能低下のため生活に困難を来している人の支援は、認知症専門医療ではなく、65歳以上の高齢者全体を視野に入れた社会政策であるべきです。
医療の問題で見るなら、特殊な領域の専門医療より、それぞれの状況に応じて高齢者の生活を支える家庭医を中心とした地域医療を目指す必要があります。とはいえ、高齢者支援の主役はあくまで生活支援で、地域医療は脇役に過ぎないのです。
認知症を引き起こす病気の研究や医療が不要だと言っているわけではありません。50代、60代で発症する若年性認知症は、正常加齢から大きく外れた病的状態です。
こうした患者さんを救うのは医学の研究、専門医療の使命です。ここで注意したいのは、高齢者の増加をビジネスの視点から見すぎる風潮です。
現在、若年性認知症の患者数は、ほぼ一定か、若干減少というところです。朝田隆先生の研究によると、50代の認知症患者は1万6000人程度です。そのうち25%程度はアルツハイマー病が原因だとしましょう。これらの人に人生を全うしてもらうには、医学が若年発症型アルツハイマー病を克服しなければなりません。
ところが、4000人の若年アルツハイマー病患者に効く薬を見つけてもビジネス上はあまりメリットがありません。「特効薬ではないが、薬の知見では効果が確認される」程度の薬でも、80代、90代の大勢の患者を対象にできる方が、マーケットが数百倍の規模ですから、メリットは莫大(ばくだい)です。
現在、新しい薬を創り出すような研究は、国公立大学であっても製薬会社の研究費に大きく依存しています。患者数が少なく、深刻な病気の研究には、なかなかお金が回りません。すべてを税金では賄いきれないため、臨床医学の研究に民間資本が入ることには大きな意義があります。ただ、そうであればあるほど、ビジネスとしての価値が小さい研究に対しては公的な研究費を投入すべきです。
さて、今回は私たちが直面している高齢社会の実相を、老年精神医療の現場に身を置く者の視点から考えてみます。
高齢者の生活はこの40年でどう変わった?
1980年、私が大学を卒業した年、高齢者は1065万人(総務省統計局「国勢調査」)で、その約半数が3世代世帯で生活していました。それから40年近くが過ぎた2019年、高齢人口は3763万人と3倍以上に増加しました。同年、3世代世帯の高齢者は9%に減少し、一方で単身世帯(29%)、夫婦のみ世帯(32%)、親と未婚の子供世帯(20%)の占める割合は40年前の2倍以上になりました。高齢者だけの世帯の合計は61%と過半数を占めています。世帯別人口で見ると、最も増加が顕著なのは高齢単身世帯の増加です。
80年にはおよそ90万人だった単身高齢者は20年には730万人に増加、40年には800万人を超えると予想されています。さらに、00年ごろまでは、高齢単身世帯といえばその80%近くが女性でしたが、20年には女性の比率は65%まで減少し、男性の単身高齢者が増えています。
この男性単身高齢者の中には、生涯結婚しなかった人が多く含まれ、経済的に恵まれない人も多くいます。
では、高齢世帯全体が社会的に脆弱(ぜいじゃく)かというとそんなことはありません。経済的な暮らし向きについて高齢者に質問したところ、20%は「家計にゆとりがあり、まったく心配なく暮らしている」、54%が「家計にあまりゆとりはないが、それほど心配なく暮らしている」と答えており、多くの高齢者は、将来の介護費用については年金で賄える、資産…
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