回復/修復に向かう表現

現実に出合うきっかけとしての読書会 中高生と受刑者が教えてくれたこと

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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【写真1】カナダにある「受刑者のためのブッククラブ(Book Clubs for Inmates)」は刑務所で読書会を行うための非営利組織(c)Book Clubs for Inmates
【写真1】カナダにある「受刑者のためのブッククラブ(Book Clubs for Inmates)」は刑務所で読書会を行うための非営利組織(c)Book Clubs for Inmates

中高生の「Zoom読書会」で起きたこと

 昨年の初夏、終わりの見えない新型コロナウイルス禍で高校3年生の受験期にあった息子は、オンライン授業と隔週の対面授業というストレスフルな毎日を送っていた。気晴らしにと「中高生のZoom(ビデオ会議システム)読書会」なるものに参加し始めた。

 聞くところによると、彼が通っていた中高一貫校の図書館の前で、着任したばかりの20代の日本語科(この学校では国語と呼ばずに日本語と呼ぶ)の教員が、「Zoom読書会に参加しない?」と通りかかる生徒にビラを配っていたという。オンライン開催なのにビラ?と思わず笑ったが、「読書会」というクラシックな響きや中高の垣根なく有志を募るところに興味が湧いた。

 週1回、息子は読書会のある日は早めに夕食を済ませ、居間にあるパソコンにいそいそと向かった。テキストは「世界」や「現代思想」など中高生にはちょっとハードルが高そうな総合誌だ。教員が事前に最新号の目次の写真を読書会のLINE(ライン)グループに送ってくる。どれを読むかは生徒の意見を聞いて決め、PDFにしたものを当日までにシェアするという流れだ。

 ある日、私はその様子を居間の片隅からこっそりとうかがうことにした。その日は美術科の教員も加わり、教員2人と中高生6〜7人が参加していた。その日画面にシェアされたのは、死刑判決が確定して間もなかった「相模原障害者施設殺傷事件」に関する「現代思想」の評論だった。

 生徒と教員が入り交じり、段落ごとに輪読していく。難しい漢字や専門用語もあるから、突然声が聞こえなくなったり、つっかえつっかえだったりもする。いくつかの見出しごとに、教員が「何かわからないことはなかった?」と問い、聞き慣れない言葉や用語について解説を加えていく。そして全文を読み終えたところでディスカッションに入った。

 「優生思想」(人間の生産性を基準に、人に優劣をつける考え方)についてどう思うか――。

 そんな重たく難解なテーマを子どもたちは真剣に考え、言葉にしていった。中学生の女子が最近自分の身の回りで起こっていることを実に正直に語った。ある人のことを面倒くさいと思う自分がいる。その人には障害とも呼べる強いこだわりがあって、なかなか作業が進捗(しんちょく)しない。いなければスムーズにいくのにと思ってしまった。そんな内容だった。そしてつぶやいた。

 「私の中にもあるかも、優生思想……」

 ドキリとした。

 まだ14〜15歳の少女が、世間や司法がさじを投げた相模原事件のことを、自分に引きつけて考えようとしていた。堅苦しい評論を読み、他の子や先生の意見に耳を傾けながら、2時間程度の読書会で何かに気づき、揺れ、少女の中で地殻変動のような何かが確実に起こっているのが「声」を通じて伝わってきた。私は涙があふれて止まらなくなった。

 読んで語るだけの場で、なぜここまで心が動かされるのだろう。

 実は、世界各地の刑務所においても読書会が広まっている。今回は、心が動く読書会を刑務所の中で行っているカナダの取り組みを紹介したい。

読書会を通して変わったのは誰?

 カナダのオンタリオ州にある男性刑務所の「読書会」について書かれたノンフィクション「プリズン・ブック・クラブ コリンズベイ刑務所読書会の一年」(紀伊国屋書店、2016年)という本がある。著者で雑誌ジャーナリストのアン・ウォームズリーは友人で慈善活動家のキャロル・フィンレイに誘われて、軽い気持ちでコリンズベイ刑務所の読書会でボランティアを始める。

 そこで描かれている読書会は、ボランティアが選んだ課題図書をメンバーがおのおの読み、月に1回集まって語り合うといういたってシンプルな活動だ。読書に不慣れな受刑者には読書好きの受刑者が手ほどきしたりもするし、課題本の一部を朗読したり、テーマに関連する写真を見たり、音楽を聴いたりもするが、基本は「読んで語る」、それだけの場だ。

 語るのは1冊の本について。しかしそこで立ち上がってくるのは、読み手である受刑者らの過酷な生い立ちや人生だ。同時に、彼らの世界観や偏見も浮き彫りになる。読書を通じてメンバーの知られざる一面に気づかされたり、見方が変わったりすることもある。感じ方や受け止め方があまりにも違って、激しい口論も起これば、本に触発されて詩や文章を書いてくる者もいる。

 読書会を通して、人はこんなにも変わるのだと驚かされる。そして興味深いのが、変わるのは受刑者だけではないということだ。

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。