
日常生活と密着な関係がある「実行機能」
2019年の国民生活基礎調査によると、65歳以上の高齢者がいる世帯は全世帯数の49.4%(2558万4000世帯)を占めます。また高齢者世帯では、1人暮らしの「単独世帯」が49.5%(736万9000世帯)で、そのうち男性の42.5%、女性の63.7%が75歳以上の「後期高齢者」です。
今後、団塊の世代(1947~49年に生まれた人)のさらなる高齢化により、後期高齢者人口は増加し、65年には75歳以上人口が総人口の25.5%になることが予測されています。では、今の日本の社会で、単身生活をしている後期高齢者の認知機能が衰えてくると、どのようなことが起こるのでしょうか。
早期に、生活に影響を与える影響が大きいのは、「実行機能(遂行機能)」の低下です。これには記銘力(新たに体験したことを記憶する能力)や見当識(時間、場所、状況などを把握する能力)など、さまざまな認知機能の衰えが影響します。
実行機能というのは、主として大脳前頭葉が担う機能で、現実の家庭、社会生活において、種々の状況変化に柔軟に対応しながら目的を達成する能力のことです。認知症なのか正常加齢の範囲なのかは別にして、後期高齢者になると、だれでも実行機能の低下をきたすようになります。
家事は実行機能の塊のような作業です。食事の支度をするときは、ご飯を炊く、おみそ汁を作る、主菜を調理する、副菜を準備するなど、段取りを決め、複数の仕事を並行して進める必要があります。
料理中に宅配便が届けば玄関に出て受け取り、また台所に戻る。そこへ突然、遠くに住んでいる息子が「仕事で近所に来たから夕食を頼む」という電話をしてきても、今までの調理を無駄にせず、何とか工夫して2人分の食事を用意する――。このように日々の家事は、計画どおりにはいかないものです。
毎日繰り返す「ルーティンワーク」にも実行機能が必要です。とはいえ、日常生活ではルーティンから外れることがとても多く、臨機応変に対応するにはより高度な実行機能が要求されるのです。
私は50歳代の時、高齢者専門の診療所や認知症専門病院で働きました。初診時の心理検査結果を性別で比較すると、女性の方が有意に高得点でした。つまり、女性は能力低下が小さいうちに日々の異常に気付くということです。それはなぜなのかといえば、女性の多くが家事を担っているからだろうと思います。
定年退職後、主体的に家事をしない男性は、実行機能が低下してもぼろを出しにくいのです。
朝起きると枕元に用意されている服を着て洗面をし、妻が準備した朝食を食べる。食べ終わったら散歩に出かけ、図書館で新聞各紙を読み比べて時間をつぶし、昼になったら家に戻って用意された昼食を食べる。しばらく昼寝をして夕方の散歩。帰ってくると温かい夕食が待っている。食べ終わって風呂場に行けばすでにお湯が張られて準備万端整っている。お風呂に入っている間に妻が新しい下着とパジャマを置いてくれるので、風呂から出たらそれを着てダイニングに座ると、ビールが出てくる。ビールを飲みほし、きれいに整えられたベッドにもぐりこむ――。
このような生活は実行機能のかけらも必要としないため、本人も周囲の人もなかなか変化に気付きません。一方、家事を担う人の能力が落ちると、食事の質が落ちたりするのですぐに分かります。きちんとしていた室内が雑然としてくる、身だしなみに頓着しなくなるのも実行機能低下のサインです。不思議なことに、妻の世話で何も考えずに“超ルーティン生活”をしている男性ほど、妻の家事能力低下に敏感な気がします。
ちなみに、年をとっても無理のない範囲で実行機能を使うことはとても大切です。男性は定年退職後、「家事を手伝う」のではなく、何らかの役割を決めて、自分の裁量で家事をすることは、有力な“ぼけ防止”です。
単身で生活をする後期高齢者の実行機能低下に伴う三つのリスク
男女問わず、1人暮らしの後期高齢者にとっても、日々の生活を送る上で実行機能は不可欠です。では機能低下が生じた場合、どのようなリスクが引き起こされるのでしょうか。
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