
医療プレミアで、2015年夏から約6年半にわたり「実践!感染症講義-命を救う5分の知識-」の連載を続けている谷口恭医師(太融寺町谷口医院院長)が9日、「ウイルスとワクチンについて」と題し、毎日文化センター(大阪市北区)で講演し、インターネットで同時中継もされました。話題は主に新型コロナウイルスです。谷口医師は、新しい変異株「オミクロン株」や、新型コロナの流行で起きている社会的対立などについて現状を説明しました。次にワクチン接種の是非について、各個人が自分の事情を考慮して判断するための基準を紹介。新型コロナワクチンや、子宮けいがんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)のワクチンなどについて、判断の仕方を示しました。講演の主な内容を紹介します。
谷口医師はまず「私は総合診療医です」と名乗りました。講演のテーマはほとんど感染症でしたが、総合診療医は感染症専門医ではありません。しかし谷口医師は「総合診療医が診療する感染症患者は軽症の人が多いが、診る人数はむしろ、感染症専門医より多いくらい」だと説明。新型コロナ感染から回復した後の後遺症や、ワクチン接種後のさまざまな症状(ワクチンの後遺症)についても、個々の患者から直接、訴えを聞く立場だと話しました。

オミクロン株の現状は
自己紹介後、谷口医師はまずオミクロン株について、世界各国の研究や報道を根拠に、今の段階で分かっていることを説明しました。
オミクロン株は、11月25日に南アフリカなどで初めて報告されました。当初は同国で発生したと考えられましたが、その後、ボツワナやオランダ、英国で、南アフリカより早く感染が生じていたとの報告が相次ぎました。実際にはどこが起源なのか、はっきりしなくなっています。
この株は、ウイルスの表面にある、とげ状のたんぱく質「スパイクたんぱく」に、従来の新型コロナと比べて約30カ所の変異が生じているのが特徴です。
この変異によって、ウイルスの性質はどう変わっているのでしょうか。
まずは「感染性」(うつりやすさ)は、従来の株よりも強まっていることが心配されています。「従来の3倍感染しやすい」とか「感染者数が3日で倍になる」といった報道があります。
一方で、起こす病気の強さは、従来よりも軽症で済む可能性があるとみられています。谷口医師は「12月4日時点で世界全体として、オミクロン株による死者の報告はない」と指摘しました。また「南アフリカの病院で、新型コロナに感染して入院した患者42人のうち、治療に酸素吸入が必要だった患者は9人だけ」という英文の記事も紹介しました。ただし「2割以上もの人で酸素が必要になったのだから『ただの風邪』扱いはできない」と釘を刺しました。
ただオミクロン株の登場からまだ半月ほどでデータが少なく、感染性についても病気の強さについても断定はできないそうです。
オミクロン株に対する各国の対応はさまざまです。
イスラエルでは、保健相が11月30日に「従来のワクチンが、オミクロン株にも有効だという兆候がある」という趣旨のコメントを出した、と報じられています。
一方、英国の専門家委員会は、新型コロナワクチンの追加接種、つまり「3回目の接種」の対象を、18歳以上に拡大することを提言しました。英国は最近まで、追加接種に慎重で、一般的には対象を40歳以上などとしてきました。
またドイツは「政府がワクチン接種の義務化を検討中」などと報じられています。
ギリシャでは、首相が「来年から、60歳以上でワクチン接種を拒否した人には100ユーロ(約1万3000円)の罰金を科す」という計画を示したそうです。
目立つ差別や暴力
さて、オミクロン株の登場以前から、新型コロナウイルスのせいで差別や暴力が生じています。
ドイツでは今年9月、ガソリンスタンドの店員が客にマスク着用を求め、その客に射殺されました。
米国でも昨年5月、「1ドルショップ」(日本の100円ショップに相当)の店員が客にマスク着用を求め、客の母親に射殺されています。
一方、同じ米国で今年9月、レストランを訪れたカップルが「マスクを着けていた」という理由で店主に店から追い出されました。
日本では射殺事件までは起きていません。しかし昨年6月、パチンコ店を訪れた客が、マスク着用を依頼した店員を殴って逮捕されました。
さらに今年11月には、オーストリアやベルギーなどヨーロッパの複数の国で、ワクチン義務化など新型コロナをめぐる行動規制の厳格化に反対するデモが起きました。デモ隊が警官に花火を投げつけたり、路上の自転車に放火したりしたそうです。

そして規制の厳格化については、科学者や医療者の考え方も分かれます。
昨年10月に、規制を最小限にとどめようと訴える「グレートバリントン宣言」が出ました。この宣言には科学者や医療者だけで約6万人が署名しています。
一方、宣言後まもなく、宣言に反対する科学者たちは、医学誌に「ジョン・スノー覚書」を出し、強い規制を主張しました。
この現状を踏まえて谷口医師は、1枚の絵が見方次第で若い女性にも高齢女性にもみえる、有名な「だまし絵」を紹介しました。そして「同じものが人によって違って見える。新型コロナの問題でも同様で、言いたいことばかり言っていてはいつまでたっても(対立が)解決しない」と指摘し「なぜそう考えるのか」と相手の言い分に耳を傾けることが大切だと訴えました。
ワクチン接種の是非の判断基準
さて、話題はワクチンに移ります。
谷口医師はまず、ワクチン接種について判断する際に考えるべき項目として、以下の三つを挙げました。
(1)接種を受けるリスクとベネフィット(利益)
(2)だれのために接種を受けるか
(3)いつ受けるか
この考え方を、新型コロナワクチンに適用してみます。
谷口医師はまずベネフィットを三つ挙げました。
・感染のリスクを下げられる
・重症化のリスクを下げられる
・他人に感染させるリスクを下げられる
一方、リスクとして次の2点を指摘しました。
・因果関係は不明のものが多いが接種後に重篤な状態や死亡の報告が多い
・因果関係は不明だが、接種後に、長期にわたる症状が出ることがある(ポストコロナワクチン症候群)
なお、ワクチン接種後の死亡について谷口医師は「他のワクチン接種後の死亡より多い」と指摘。単に「接種を受ける人が多いのだから、たまたま死ぬ人も多い」では片付かないと説明しました。
次に「だれのために打つか」については「自分のため」もあるが「他人への感染を防ぐため」、特に高齢者や持病がある人への感染を防ぐ目的が大きいと説明しました。
「いつ受けるか」の候補としては「直ちに受ける」「日本製のワクチンができてから」「時間がたって副反応の実態が分かってから受ける」などを挙げました。

そして判断の参考として、次のような事例を示しました。
【事例1】40代男性がワクチン接種を受けずにいて新型コロナに感染。本人は軽症だったが、同居する祖母と父親にうつって2人は死亡、同居の母親も感染し入院した。
【事例2】秋田県由利本荘市で今年10月、新型コロナワクチンの接種を受けた60代女性が接種会場のトイレで死亡しているのが見つかった。1回目のワクチン接種を受けた後、トイレを利用し、そのまま死亡したとみられる。
また現段階での医師たちの見解として「高齢者への新型コロナワクチン接種は、利益が大きいという意見が一般的」「今後、接種が可能になる見通しの5~11歳への接種については意見が割れている」と話しました。
一方、子宮頸がんの予防を目指すHPVワクチンについては、次のように説明しました。
まずベネフィットとして、以下の3項目を挙げました。
・子宮頸がんの7~9割程度を防げる
・尖圭(せんけい)コンジローマ(性器のイボ)をほぼ完全に防げる
・中咽頭(いんとう)がん、肛門がん、陰茎がんなどの予防になる
一方、リスクは1項目でした。
・重篤な副作用のリスクが(多少であっても)ある
「だれのために接種を受けるか」は「自分と(今や将来の)パートナーのため」。
「いつ受けるか」は、HPVなどが性交でうつるウイルスのため「性交渉を始めるまで」です。
こうして考えると「彼を作るのは大学生になってから」と決めた13歳の女性なら、接種をすぐに受けるベネフィットは小さいことが分かります。
一方、「複数のパートナーがいて(男性が)コンドームを使わない20歳女性」なら、ワクチンの予防効果がベネフィットになり、リスクとしては副作用と、約4万5000円の費用を考えればよいことになるそうです。

元の生活には戻りにくいが「若者は恋を」
谷口医師は最後に、新型コロナは食事会場などで多数の人に感染した事例があり「人と人との間の距離が数mあっても、マスクをしていなければ感染する」と指摘。さらに「自分は軽症や無症状でも、他人にうつすと死なせてしまうことがある」のが大きな問題だと訴えました。このため今後も、新型コロナ以前のような生活には戻りにくいと説明しました。
一方で「マスクを着けていれば、他人には感染させない」とも説明。「今の短大2年生には、入学式もなく、あまり学校に行かず、友達もできないまま卒業を迎えようとしている人もいる」「若者は恋をしよう」「若い人は何とか外出し、自分が感染するリスクは抱えながらも楽しんでほしい」とまとめました。