回復/修復に向かう表現

死刑囚の「最後の晩餐」に魅せられたアーティスト

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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【写真1】ジュリー・グリーンによる「最後の晩餐」より(C)Courtesy of the American Museum of Ceramic Art
【写真1】ジュリー・グリーンによる「最後の晩餐」より(C)Courtesy of the American Museum of Ceramic Art

1000枚の絵皿に描かれたもの

 今年10月から11月にかけて、ニューヨーク・タイムズ紙を含む全米紙やアート関連の雑誌に、次のようなヘッドラインの記事が掲載された。

 死刑囚の「最後の晩餐(ばんさん)」を記録したアーティスト、ジュリー・グリーン、60歳で死去――。

 グリーンは米オレゴン州立大学でアートを教える大学教授かつ著名なアーティストだった。彼女の代表作「最後の晩餐(The Last Supper)」は米国のみならず欧州でも展示されてきた。

 「最後の晩餐」は、白い陶器の皿にコバルトブルーの顔料が施された絵皿の作品群だ。写真にある絵皿(【写真1】)は一部に過ぎず、その数は全部でなんと1000枚にも及ぶ。それら一枚一枚には、米国の死刑囚が執行される前にリクエストした、もしくは刑務所が提供した最後の食事が、細かく描きこまれている。

 死刑囚は最後に何を食べたいと思い、実際に何を食べたか――。

 グリーンはこの問いに魅せられた。そして20年あまりの間、コツコツと作品を作り続けた結果がこの「最後の晩餐」だった。

 そんな彼女に対して、死刑反対派からは「死刑制度に便乗している」、死刑賛成派からは「死刑囚に同情的過ぎる」などの批判が起こった。それでもグリーンは、死刑制度が廃止されるまで描き続けるつもりだったという。卵巣がんを告知されるまでは――。

 今回は、グリーンと「最後の晩餐」を紹介したい。

「最後の晩餐」の中身

 米国では現在27州および連邦と軍で死刑が施行されている。死刑の制度はそれぞれ異なるが、その多くは最後に死刑囚が食べたいものを当局側にリクエストすることを認めている。それが「最後の晩餐」だ。予算は20ドルまでなど上限がついていたり、注文できるものに制約があったり、選択肢があらかじめ決まっていたりするなどさまざまだ。

 この制度が廃止されてしまったところがあるものの、米国の場合は死刑執行日が事前に公開されているため、死刑囚本人は「それ」が最後の食事になることを、意識する。

 「最後の晩餐」といえば、日本でも放映された米国のドラマ「ザ・プラクティス ボストン弁護士ファイル」を思い出す。シーズン2の第3話「ある死刑執行の記録」には「最後の晩餐」の場面があり、死刑容認派の弁護士と、冤罪(えんざい)の可能性が高い死刑囚が登場する。

 死刑囚はロブスターを注文するが食べ方がわからず、看守らから失笑される。貧困家庭の出身で、食べたことがなかったのだ。見かねた弁護士が彼の隣に座り、ハサミで殻を割ってみせ、「こうやって食べるとおいしいよ」と溶かしバターにつけて渡す。そして、死刑囚は、緊張しながら食べる。なんとも物悲しいシーンだ。

 ただ、実際に死刑囚がリクエストするのは、ロブスターのようなぜいたく品は少なく、ハンバーガー、ビスケット、ミルクセーキなど、庶民的で死刑囚自らが食べ慣れてきたメニューが多いという。地方独特の食事も多く、たとえばアーカンソー州ではフライドクラピー(魚のフライ)、デラウェア州ではカニ料理の「クラブケーキ」などの人気が高いそうだ。

 グリーンが描く絵皿は、そうした現実を反映している。

 この絵皿(【写真2】)のようなケンタッキーフライドチキンのバケツ入りフライドチキン、砂糖不使用のピーカンパイやブラックウォールナッツアイスクリーム、インドの揚げパン、バーベキューリブ、フライドポテト、ペプシやマウンテンデュー(炭酸飲料)、アップルパイ、ピザハットのピザ(ベーコン、ビーフ、マッシュルーム入り)、ストロベリーチーズケーキ……。

 ある死刑囚は、母親特製のドイツ風ラビオリと鶏団子をリクエストし、母親が刑務所の厨房(ちゅうぼう)で作ってくれたと聞き、グリーンは彼の食事に加えて「母親」の文字を添えた。

 「ジョリー・ランチャー」というキャンディーの箱が一つだけ描かれた皿もある。それもある死刑囚がリクエストした「最後の晩餐」だった。またある人は、食べたことがないからとバースデーケーキをリクエストした。

「食べる」という共通点

 アイラ・シュートが監督したショート・ドキュメンタリー「最後の晩餐(The Last Supper)【https://vimeo.com/45077339?embedded=true&source=vimeo_logo&owner=12344095】」においてグリーンは、もともと死刑に反対であったわけでも、関心を持っていたわけでもなかったと明かしている。

 海軍出身の父親を持つグリーンは、1961年に横須賀(神奈川県横須賀市)の米軍基地で生まれた。ニクソン大統領を支持する保守派、共和党員、キリスト教徒の中西部の家庭で育った。家族は死刑制度を支持しており、グリーンも疑問を持ったことがなかった。

 ターニングポイントは99年…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。