
医者の同僚に「漢方を教えてほしい」と頼まれたとき、最初のハードルになるのが「漢字の多さ」です。日本語を使う人なのに漢字が苦手というのは変に聞こえるかもしれませんが、医学部の6年間はほとんど西洋医学のトレーニングで埋め尽くされているわけなので、仕事のことに関しては漢字よりも横文字の方が慣れている、という人も少なくありません。
漢方薬メーカーはその辺の事情をよくわきまえていて、漢方製剤には漢字の名前の代わりに通し番号をつけました。たとえば「1番の薬」といえば風邪薬で有名な葛根湯(かっこんとう)ですし、「68番」といえばこむら返りの治療薬としてよく知られる芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)、「100番」になると便秘や腹痛の薬でポピュラーな大建中湯(だいけんちゅうとう)になります(一部メーカーでは漢方薬番号が異なります)。
しかし、私にとっては数字の方が圧倒的に苦手で、漢字の名前の方がはるかになじみがあります。患者さんに処方を出すとき、「この患者さんの具合をよくするには、どういった生薬の組み合わせが入っていなければならないか」ということに常に頭をめぐらせるのですが、漢方薬の名前の代わりに数字が並んでいると、どんな生薬が入っているか、どんな効き目があるのか想起しにくいのです。
芍薬甘草湯ですと、一目瞭然で芍薬と甘草が入っていることが分かります。ところが、葛根湯は葛根だけが入っているのではなく、ほかに6種類の生薬(麻黄<まおう>・桂枝<けいし>・芍薬・甘草・大棗<たいそう>・生姜<しょうきょう=ショウガ>)も配合されています。よく見ると、芍薬も甘草も葛根湯に入っていますね。でもほかの六つを退けて葛根が処方の名前になっているのは、処方全体の性格を決定しているからです。
これを演劇に例えれば、葛根は主役俳優で、ほかの6人は脇役です。しかし、6人の脇役も実は名優ぞろいで、ほかの劇「麻黄湯」「桂枝湯」では主役を張りますし、「芍薬甘草湯」は名作二人芝居、ということになります。
このように、一つの処方の中で生薬に主役(主薬?)と脇役の関係があることを、中国医学では「君臣佐使(くんしんさし)」と呼びます。主君と臣下の主従関係になぞらえるとは、ずいぶんと政治的な表現です。中国は日本と違って昔から政治を重んじる国で、医者は政治家になれなかった落ちこぼれがなる職業でした。
「大医は国を癒やし、中医は人を癒やし、小医は病を癒やす」という中国のことわざがありますが、この場合「大医」は政治家を意味していると思われます。日本は政治家という職業に敬意が払われているかというと、あまりそうではないように感じられます。政治家を、臨床の最前線に立っている「中医」「小医」より上に位置付ける発想は、日本人にはピンとこないものかもしれませんね。
漢方薬には「大小」がある
話を元に戻しましょう。医者に大小があれば、漢方薬にも大小があります。…
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新潟医療福祉大学 リハビリテーション学部 鍼灸健康学科教授
1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科を経て、2023年4月より、新潟医療福祉大学リハビリテーション学部鍼灸健康学科教授。聖路加国際病院 Immuno-Rheumatology Center 臨床教育アドバイザー 。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。