漢方ことはじめ

「おけらまいり」で疫病退散を願った先人たちの知恵

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
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ゆく年とくる年に思いをはせながら灯籠(とうろう)に手を伸ばす=京都市東山区の八坂神社で2013年12月31日、森園道子撮影
ゆく年とくる年に思いをはせながら灯籠(とうろう)に手を伸ばす=京都市東山区の八坂神社で2013年12月31日、森園道子撮影

 今回はお正月らしい話題をひとつ。

 私の実家にほど近い八坂神社(京都市東山区)では、例年大みそかの深夜から元日の早朝にかけ、「おけらまいり」が行われ、京のお正月を代表する風物詩となっています。神社の境内で「おけら火」が焚(た)かれ、参詣者は火縄を用意して「おけら火」をともし、火が消えないように火縄を回しながら家に持ち帰ります。昔はかまど(京の方言では「おくどさん」といいます)にその火縄の火を移して、お雑煮など正月料理をこしらえて食べ、一年の無病息災を願いました。今はボタン一つで点火するガスコンロや点火も要らないIHクッキングヒーターが普及しているので、火縄は用をなしませんが、燃え残った火縄は台所の火災よけのお守りになるとされています。

 「おけらまいり」は漢字で書くと「白朮詣」となります。実はこの「白朮(びゃくじゅつ)」は、漢方で最もよく使われる生薬のひとつで、胃腸粘膜の水分代謝を改善し、消化吸収機能を高める作用があります。「おけら火」は鉋屑(かんなくず)に生薬の「朮(オケラ)」を混ぜたものを燃やした火です。漢方医学では人体に病気を引き起こす六つの環境要因「六邪(ろくじゃ)」があると考えられており、「白朮」つまりオケラには「六邪」のうちの一つである強い湿気(「湿邪(しつじゃ)」)を追い払う効能があります。(「六邪」に関しては以前の連載でも述べました)

 私が大学生のころ、来日して間もないネイティブの講師にフランス語を習っていたことがあるのですが、彼が京都の冬のことを「蒸し寒い」と評していました。日本人からはなかなか出てこない単語ですが、言い得て妙な表現です。大陸からの季節風が日本海を吹き渡る間に大量の湿気を帯びて、京都にもしばしば大雪を降らせます。パリの乾燥した寒さとは大違いだというわけです。

 「オケラ」を用いた神事は、京都以外にもあります。東京の上野公園の敷地内に医薬の神を祀(まつ)る五條天神社(東京都台東区)があり、そこで毎年節分の日に「うけらの神事」が行われます。

 社殿の前にしつらえられた舞台のようなところに、人々に病をもたらす邪鬼が姿を現します。対する神職は「オケラ」を焚いて祝詞を唱え、弓矢で邪鬼を追い払います。最後は神社の氏子さんたちが裃(かみしも)姿で「鬼は外、鬼は外」と豆まきをします。医薬の神が病邪の鬼を追い払う儀式なので「福は内」は唱えないのです。

 この神事では参列者に「朮餅(をけらもち…

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津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。