令和の幸福論

「障害者は『福の神』」が物語る真実 多様性という処方箋/下

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
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「仙台四郎」が暮らした仙台市の初売りの様子=仙台市青葉区で2021年1月2日、滝沢一誠撮影
「仙台四郎」が暮らした仙台市の初売りの様子=仙台市青葉区で2021年1月2日、滝沢一誠撮影

 「障害を持つ人を大切にすると、商売が繁盛する」。そんな話が古くから伝わっています。その背景には、何があるのでしょうか。野澤和弘さんは、障害者に対する「合理的配慮」が、プロ野球・広島東洋カープの人気も支えていると説きます。前回(「先生の授業が分かりません」と言われた衝撃)に続き、障害者への合理的配慮の意味と意義について考えます。

仙台四郎とは何者か

 商売繁盛の「福の神」として知られる「仙台四郎」の写真や置物を見たことがあるだろうか?

 坊主頭で穏やかに笑っている。しま模様の着物の前がはだけてひざが出ている。そんな肖像を掲げている店がある。

 明治時代、仙台市内に実在した人物で、知的な障害があった。気ままに市内を歩いては立ち寄る先で食べ物や金品をもらっていたという。不思議なことに四郎が立ち寄る店は繁盛したとのうわさが広がった。死没後は四郎の肖像画や置物が売られるようになり、不景気になると「仙台四郎ブーム」が起きては全国に広がっていった。

 障害者がレストランの入店やバスなどの乗車を拒否されることは、ちょっと前までよく耳にした。あからさまな排除ではなくても、嫌みを言われたり冷たい目で見られたりすることは今もある。

 その一方、障害者を大切にすると繁盛する、運が開ける……という話は、仙台四郎のほかにもある。俳人で日本障害者協議会顧問だった故花田春兆氏によると、「障害児が生まれるとその家が栄える」という「福子」伝説は日本各地に存在するそうだ。

 「その子が一生困らないように……と、家族全体が心を合せて仕事に励む結果が、その家を栄えさせることになるのでしょう。その家族にとっては非常な努力と苦労の結果に違いないでしょうが、近所から見ると、いかにも障害児が福を招き寄せるようにも見えたのでしょう。見方を変えると、この福子伝説の広がりが、障害児たちを生かすことに役立ったことになるのだと思います」(日本の障害者の歴史/リハビリテーション研究54号)

 ただの迷信なのか、何かしらの根拠があるのか定かではないが、「福子」「福の神」の伝承は、今日においてもなお息づいている。

 何ごともデータに基づいた根拠が求められる時代ではあるが、もともと人間とはあいまいで不確実な存在だ。自らの内面に渦巻く感情や感覚は人工知能(AI)をもってしても説明しきれるものではないだろう。現代における「福の神」の伝承について考えてみたい。

「合理的配慮」とは何なのか

 仙台四郎の言い伝えの前提には、知的障害の人へのいじめやさげすみがあったことは想像に難くない。飢餓や疾病が今以上に人々の生命や暮らしを脅かしていた時代にあっては、障害のある人は厳しい現実にさらされていたはずである。

 ただし、弱肉強食の合理性だけで社会が動いているわけではない。持って生まれた「弱さ」ゆえに障害者がしいたげられているのを目にしたとき、自分の中で説明のできない感情の揺れを経験したことのある人もいるだろう。もともと人間には、「弱さ」を排除するよりも包摂する社会の方に安心や充足を感じるセンサーが内在しているのだと思う。

 「福の神」の伝承はそれが形となって表れたのであろう。近代になって欧米からもたらされた民主主義や人権思想においては、国家が制定する法律が「弱さ」を守るものとしての社会的機能を期待されるようになった。

 障害者差別の禁止を法律で明文化した最初の国はアメリカである。1990年に障害者差別禁止法(ADA)を制定したことは、先進諸国に大きな衝撃を与え、追…

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野澤和弘

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。