回復/修復に向かう表現

アートとコミュニティでDVに向き合う

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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人型のマスキングテープのモチーフはDV被害者。加害者の浴びせた侮辱的なフレーズが並ぶ。一方、黄色いテープには被害者に対する肯定的なメッセージが書かれている(c)Walk Unafraid
人型のマスキングテープのモチーフはDV被害者。加害者の浴びせた侮辱的なフレーズが並ぶ。一方、黄色いテープには被害者に対する肯定的なメッセージが書かれている(c)Walk Unafraid

駅前でDVや虐待に触れること

 2021年11月11日から17日まで、JR中央線の国立駅前にある旧国立駅舎(イベントスペース)が日替わりでパープルとオレンジの光に包まれた。パープルは「DV(ドメスティックバイオレンス)」、オレンジは「子どもの虐待」を意味する。

 国立駅のある東京都国立市ではこの期間を「Wリボンキャンペーン」と名付け、DVと虐待の啓発週間に設定している。11月は「児童虐待防止推進月間」、11月12日から25日は「女性に対する暴力をなくす運動」のキャンペーン期間にあたるからだ。

 Wリボンキャンペーン期間中、旧国立駅舎内では、「子ども家庭支援センター」と「くにたち男女平等参画ステーション・パラソル」共催によるDVおよび虐待に関するパネル展示が行われていた。それぞれのテーマカラーを使ったメッセージポスターや、キャラクターによる紙芝居のような「ストーリーボード」、またテーブルには各種資料が並び、メッセージを書いてひもにくくりつける参加型展示のために、カードやペンも置かれていた。

 一橋大学の学生が手掛けた短編映像コーナーもあり、虐待・DVをめぐる1分以内の映像が終日流れていた。実は私が同大学の非常勤講師を務める授業で課題にしたもので、その中で、公共広告的な啓発もの、イメージCMやアニメーション、オンラインゲームや携帯での会話をモチーフにしたものまで多種多様な表現の7作品を選んだ。

 私も会場を訪れ、短時間ではあったが人々の反応を観察した。DVや虐待に関するストーリーボードでは、おそろいの塾のバッグを手にした2人組の小学生がふざけあっていた。「お前んち、虐待あんじゃねーの?」「ねーよ! お前んとここそ、DVあんじゃねー」と虐待、DVの言葉が飛び交っていた。

 資料が置かれたテーブルでは、母親と手をつないだ学齢期前の女の子が、DVのリーフレットを手にして母親に渡す場面に遭遇した。文面を見た母親は「DVね。なんて説明したらいいかな……」と口ごもったものの、幼い娘に何かを伝えようとしながら駅に向かっていく姿が印象に残った。

 短編映像コーナーは、一瞥(いちべつ)して通り過ぎて行く人が大半だったが、高齢の女性が1人足を止め、スクリーンに近寄ってしばらく見入る姿を見かけた。何か思い当たることがあったのだろうか。

 内閣府によるDVに関する調査(18年)では、女性3人に1人が被害を受けていたことが判明した。さらに、被害女性の約3割が自身の子どもへの虐待も認識していた。DVと虐待は深刻な問題であり、しかも密接に関わり合っている。

 しかも、こうした問題は今に始まったわけではない。家庭内や親密な関係性の中で起こるため、隠され、なかったことにされてきただけだ。00年代の児童虐待防止法とDV防止法施行を機に、DVや虐待をめぐる法整備は進んできたものの、一般の意識や理解がそれに見合うほど広まったわけではないと感じる。

 だからこそ、駅前という身近な公の空間で、こうした問題に光が当てられ、子どもから高齢者まで、DVや虐待の問題に触れることには大きな意味があると思った。

 そして、ふと、今から16年前に米国で体験した、市民を巻き込むアートを思い出した。

パブリックアートのワークショップに参加して

 06年、米ニューヨーク市で開催された女性に対する暴力についてのイベント「V-Day: Until the Violence Stops Festival(暴力がなくなるまでのフェスティバル)」に参加した。劇場やイベントスペースはもちろんのこと、裁判所や街路といった意外な場所を使って、1週間あまりの間、シンポジウム、映画上映会、演劇、アート展などが行われた。なかでも記憶に残ったのがDVに関するパブリックアートのワークショップだった。

 一般に、芸術作品は美術館やギャラリーで見るものとされている。それ以外の公共(パブリック)空間を利用して作品を設置したり、市民を巻き込んで制作を行ったりする活動は「パブリックアート」と呼ばれている。

 私が参加したのは、「怖れず歩こう(Walk Unafraid)」というパブリックアートのインスタレーション(空間全体を作品として捉えるアートの手法)で、米マサチューセッツ州バークシャーを拠点にする非営利のアート団体「レッド・コラボラティブ(Red Collaborative)」の主催だった。

 同団体が設立されたのは01年で、パブリックアートという手法を使い、DVや虐待といった身体的、性的、精神的暴力に関する問題意識を社会に広めることを目的としていた。同時に、被害者に関心を注ぎ、社会における対話を促し、DVの予防を目指すこともうたわれていた。

 「怖れず歩こう」はレッド・コラボラティブの数あるプロジェクトの一つだった。V-Dayでのワークショ…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。