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「効果確認」? イベルメクチンを新型コロナ治療に使えないわけ 

谷口恭・谷口医院院長
PCR検査センターの列に並ぶ人たち=大阪市北区で2022年1月26日午後4時、藤井達也撮影
PCR検査センターの列に並ぶ人たち=大阪市北区で2022年1月26日午後4時、藤井達也撮影

 まるで魔法のようだ――。これは私が初めてイベルメクチン(ストロメクトール)を処方したときに、患者さんと私が、共通して抱いた印象です。なにしろ、それまで何をやってもほとんど改善しなかった症状が一気に消失したのですから“魔法”という言葉を使いたくもなります。それ以来、私は次々とイベルメクチンを処方するようになりました。ある病院で集団感染(クラスター)が発生したときにも感染者ほぼ全員にイベルメクチンを処方しました。すると、あれほど苦しんでいた症状が数日後にはうそのようになくなったのです。しかも一人の例外もなく、処方した患者全員が、です。

 その後私は100人近くの患者さんにイベルメクチンを処方しています。全員の症状が劇的に消失し、しかも副作用は、ごく軽度の胃腸症状程度ですから、ほぼ皆無と言ってもいいでしょう。かつて、感染症に対してこれほど切れ味がよく、しかも今のところ耐性もほとんど報告のない、こんなにもすぐれた薬があったでしょうか。

疥癬にはすぐれた薬

 以上はすべて事実に基づいた私の体験で、決して誇張をしていません。勤務医の頃に集団感染を経験したのも事実です。ただし、「感染症」とは新型コロナウイルスではなく、疥癬(かいせん=ダニが皮膚に感染し、強烈なかゆみをもたらす疾患)です。

 イベルメクチンがいかにすぐれた薬であるかということや、開発しノーベル賞を受賞された大村智先生の業績がいかに素晴らしいかについては過去のコラム「疥癬――ノーベル賞・大村智先生、もう一つの功績」で紹介しました。

【資料】イベルメクチン(錠剤)、Ivermectin Tablets=茨城県内で2021年8月21日、中村琢磨撮影
【資料】イベルメクチン(錠剤)、Ivermectin Tablets=茨城県内で2021年8月21日、中村琢磨撮影

 そのイベルメクチンが「新型コロナウイルスに効くかもしれない」という情報が入ってきたのが2020年の春でした。当時はまだまだ新型コロナの治療薬が手探りの状態で、他の微生物に対する薬剤が新型コロナに有効かもしれないと考えられていました。そのなかで、いち早く使われるようになったのがエボラ出血熱の治療薬として開発されたレムデシビルで、こちらは新型コロナへの効果が確認され現在も使われています。いいところまでいったのが日本製の抗インフルエンザ薬のファビピラビル(アビガン)で、こちらは最終的には有効性が確認されませんでした。

 他に候補に挙がっていた抗微生物薬は、アジスロマイシン(抗菌薬)やロピナビルとリトナビルの合剤(抗HIV薬、商品名はカレトラ)などです。そういった薬剤のひとつにイベルメクチンがあったのです。

新型コロナには有効性が否定された

 その後世界各地でイベルメクチンが新型コロナの治療薬として試験的に使用されるようになり、有効性の検証が次々と行われました。「効果がある」とする研究も複数あったものの、結局は、残念ながら有効性が否定されました。大規模なメタアナリシス(これまでに報告されたデータを再度まとめなおして分析する方法)を行い「イベルメクチンを使っても、患者の死亡率は下がらない」などと結論づけた論文が出たのです。この論文は、オックスフォード大学が発行する医学誌「Clinical Infectious Diseases」に掲載されています。

 興味深いことに、イベルメクチンが有効であるとした複数の研究に「不正」があったことが繰り返し指摘されています。これについては過去の連載「新型コロナ 開発中の内服薬の実力は」でも紹介しました。もう一度ここで確認しておきます。

 ・英紙The Guardianは「イベルメクチンがコロナに有効とした論文は“倫理的懸念”により取り下げられた」ことを報道。同紙は、この論文のデータに多くの疑問点があることを指摘した

 ・英放送局BBCは、これまで発表されているコロナの薬に関する合計26の研究を検証し、それらの3分の1以上に重要な間違いや、潜在的な不正の可能性があることを指摘し、イベルメクチンが新型コロナには無効であると結論づけた。BBCによると、新型コロナに対するイベルメクチンについて世界で最も信頼度の高い研究はカナダのMcMaster大学のTogether試験で、この研究でも有効性はないという結論であった

 こうして見直すと、イベルメクチンは英国の超一流大学、超一流紙、超一流放送局から徹底的に否定されています。

 では、本当にイベルメクチンは新型コロナにまったく無効なのでしょうか。冒頭で述べたように、疥癬には魔法のように効き、しかも安全性が極めて高いこの薬が、コロナに対して、患者全員にでなくても、わずかでも効いてくれるのならありがたい存在となります。

 しかし、それを証明するにはきちんとしたエビデンス(医学的証拠)を示さなければなりません。一部のイベルメクチンを信奉する人たちは、ことごとく効果を否定する世界のメディアやアカデミズムに対し、「ワクチンや他の薬を売るための策略だ」などといった陰謀論のような説を唱えているようですが、そのような非科学的な主張をするのではなく、有効性を科学的にきちんとしたかたちで証明することによって世界の見方を変えさせるべきです。

それでも「効果を確認」に興奮したが

 22年1月31日、医薬品製造などを手がける会社「興和」が「興和 イベルメクチンの『オミクロン株』への抗ウイルス効果を確認」というタイトルのプレスリリースを公表しました。

 このタイトルを見たときの私の興奮をご想像いただけるでしょうか。製薬会社が「効果を確認」としたタイトルの発表を行ったのです。当然、イベルメクチンの有効性を立証するエビデンスがついに出たんだ!と考えられるわけです。

 報道機関にもそう思った人はいたようで「オミクロン株に効果確認」という見出しの報道記事が、インターネットに流れていました。

 ところが、本文を読んでみると「大村先生から直接、臨床試験実施の依頼を受けた」「(糞線虫の治療薬として)WHO=世界保健機関=が世界各国に配布している」「新型コロナの治療薬としての<応用が期待されている>」など、「それが、どうしたの?」といった内容が述べられているだけで、タイトルとは合いません。

実は「試験管内」だけの話

 もっとも「北里大学との共同研究(非臨床試験)から」「オミクロン株に対しても(デルタ株などに対するのと)同等の抗ウイルス効果があることを確認」という文章はあります。けれども、非臨床試験で、つまり試験管の中ではイベルメクチンが新型コロナウイルスに効果があるのでは?という主張は以前から存在し、「結局、有効なのは試験管の中だけであり、人に投与すると効果はなかった」というのが現在の世界のコンセンサスなわけです。

 このプレスリリースの最後の方には「臨床試験の中で有効性・安全性を<確認しているところ>です」という文字があります。タイトルで「効果を確認」としておいて、本文では「確認しているところです」と書いているのです。間違ったことを言っているわけではありませんが、ゴシップ紙やスポーツ新聞の見出しを連想してしまうのは私だけでしょうか。

 
 

 現在、世間には「イベルメクチンこそが新型コロナに対抗できる救世主だ!」と考えている、いわば「イベルメクチン信者」のような人たちがいて、太融寺町谷口医院にも毎日のように「イベルは置いてますか?」という問い合わせが入ります(信者の人たちは「イベル」と呼ぶようです)。今回の興和のプレスリリースは、そのような信者たちからは熱狂的に受け入れられるでしょう。そして、新たな信者獲得につながるかもしれません。

 ここでイベルメクチンの新型コロナに対する有効性について、私が谷口医院を受診した患者さんや、メールで相談をされた人たちから聞いた経験をまとめておきます。といっても、私自身はイベルメクチンを新型コロナの患者さんに対して処方したことはありません。ですが、他のクリニックで処方されたという人たち数十人から話を聞いています。その結果は下記の通りです。

 ・新型コロナだと確定診断された人で、イベルメクチンを使って改善したという人は確かに存在する。だが、もともと入院や酸素投与の必要がなかった「軽症例」であり、イベルメクチンに関係なく自然に治った可能性が残る

 ・新型コロナの後遺症に対して、イベルメクチンを使って治ったという人もいる。しかし自然治癒との見分けがつかない。また、こういった人たちは他にもいろんな薬剤(漢方薬、ビタミンD、亜鉛など)を使っているので、どれが効いたか分からない

 ・新型コロナの後遺症にイベルメクチンを使用したがまったく効かなかったという人は多い

 ・新型コロナワクチンの後遺症にイベルメクチンを使用したが、まったく効かなかったという人も少なくない

 
 

 最後に、イベルメクチンに対する私見(というよりも個人的希望)を述べます。私はイベルメクチンが新型コロナに有効であってほしいと強く願っています。冒頭で述べた疥癬で体験した、魔法のような切れ味がなかったとしても、ある程度の有効性が認められるだけで十分です。ですが、多少なりとも効果が期待できるのでなければ、つまりは「臨床試験で実際の患者さんに試して効いた」という証拠がなければ、大切な患者さんに処方することはできません。製薬会社にはその点を理解してもらいたいと切に願います。

 ※編集部注 編集部は興和に「リリースの見出しは、イベルメクチンが患者に効いた、という誤解を招かないでしょうか。その点に配慮はなさいましたか」と問い合わせました。興和の答えは「プレスリリースの内容をシンプルにまとめた見出しで、誤解を招くとは考えていなかった。リリース全体でみてほしい。誤解を招かぬようにより一層留意する」でした。

 一方、興和のリリースには「北里大との共同研究」とあります。この共同研究に携わった花木秀明・北里大教授は2月1日に、ネット交流サービス(SNS)に次のように書き込みました。「一般の方が誤解するのは分かりますし反省すべき文章です。が、医療従事者が臨床と非臨床の区別が瞬時にできないなどありえません(後略)」。編集部が問い合わせると、花木教授は次のように説明してくれました。

 「『オミクロン株にも同等の抗ウイルス効果』というのは、試験管内の結果としては正しいが、患者に対する効果ではない。『反省すべき文章』とはプレスリリースのことだ。『非臨床試験』と書くのは一般の人に分かりにくく『試験管内の実験』と書いた方がよかったと思う。この件で、北里大からリリースは出していない。予想通りの実験結果で、特にリリースを出すようなことではなかったからだ。オミクロン株は、ウイルスの中で『スパイクたんぱく質』と呼ばれる部分が変異しているが、ここが変異しても、抗ウイルス薬の効果はあまり影響を受けないことは以前から分かっていた」

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谷口医院院長

たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 無料メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。