医療プレミア特集

アルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」承認見送り その背景と今後の展望は? /上

西田佐保子・毎日新聞 医療プレミア編集部
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アルツハイマー病の発症リスク上昇に関与するApoE4遺伝子の保有者は日本人で5人に1人といわれているが「これは欧米人(4人に1人)よりも低い割合です」と話す東京大教授で日本認知症学会理事長の岩坪威さん=西田佐保子撮影
アルツハイマー病の発症リスク上昇に関与するApoE4遺伝子の保有者は日本人で5人に1人といわれているが「これは欧米人(4人に1人)よりも低い割合です」と話す東京大教授で日本認知症学会理事長の岩坪威さん=西田佐保子撮影

 2021年6月、米食品医薬品局(FDA)に迅速承認されたアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」(商品名・アデュヘルム)。アルツハイマー病の治療薬としては、米国では18年ぶりの承認だ。大きな期待と希望を背負う“夢の新薬”だが、暗雲が垂れこめている。医薬品の製造・販売を審議する厚生労働省の諮問機関「薬事・食品衛生審議会(薬食審)医薬品第1部会」が21年12月、現状のデータからは有効性の判断は困難だとし、日本での販売承認について継続審議としたのだ。今後、アデュカヌマブが日本で承認される可能性はあるのだろうか。日本認知症学会理事長の岩坪威・東京大教授(62)に聞いた。【聞き手・西田佐保子】

二つの異なる治験データが示唆するもの

 認知症とは、記憶力、判断力、計画遂行能力などの認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす症状の総称だ。厚労省の推計によると、25年の認知症の患者は、国内で約700万人、65歳以上の高齢者の5人に1人の割合となると推計されている。アルツハイマー病は、認知症の原因となる病気の中で最も患者数が多く、全体の半数以上を占める。

 詳細な発症メカニズムは解明されていないが、発症の約20年前から脳神経細胞の外に異常なたんぱく質「アミロイドβ(以下、Aβ)」が増え始め、10年ほど前から脳神経細胞の中にタウたんぱく質(以下、タウ)が蓄積する。その結果、神経細胞が死んで減っていき、発症の5年前ごろには、記憶に関わる海馬をはじめとする大脳皮質が萎縮し、記憶力の衰えが見られるようになる。

 現在、日本で承認されている4種類のアルツハイマー病治療薬は、症状の緩和を目的とした対症療法薬だ。アデュカヌマブは、米国の製薬会社バイオジェンと日本の製薬大手エーザイが共同開発した。脳内に蓄積するAβプラーク(老人斑)を除去することによって、病気の進行の抑制を狙う、認知症の手前の状態である「軽度認知障害(MCI)」と、軽度アルツハイマー病の人が対象の抗体医薬だ。発症に関連すると考えられる物質(Aβ)に作用して、症状の緩和にとどまらず、発症や進行を抑える初の「疾患修飾薬」として注目されている。

 ただし、FDAの承認までには紆余(うよ)曲折があった。臨床試験の最終段階となる二つの「第3相臨床試験」で、18年12月までの18カ月の試験期間を終了した被験者1748人(EMERGE試験803人、ENGAGE試験945人)を対象に中間解析をした結果、有効性を証明できる見込みがないと判断された。臨床試験は19年3月に中止された。

 しかし、その後も被験者への投与を続け、19年3月までに18カ月の試験期間を終えた2066人を含む計3285人(EMERGE試験1638人、ENGAGE試験1647人)を対象として新たな解析をした。

 すると、EMERGE試験では、アデュカヌマブを高用量投与した群(10mg/kg)はプラセボ(偽薬)群に比べて、主要評価項目である認知機能や日常生活動作など臨床症状の悪化を有意に抑制(CDR-SB=臨床的認知症重症度判定尺度で23%)した。ENGAGE試験では主要評価項目における有意な結果は出なかったが、二つの治験で脳の中のAβが59~71%減少していた。

 FDAは、Aβが減少したことを「代替的な評価項目(サロゲートエンドポイント)」と位置付け、今後さらなるランダム化比較試験(RCT)を実施して臨床的な有用性を確認することを条件としてアデュカヌマブの販売を承認(https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-grants-accelerated-approval-alzheimers-drug)。30年までに有効性が確認されなければ承認は取り下げられる。バイオジェンとエーザイは今年1月、米国で第4相試験(市販後臨床試験)を5月に開始することを発表した。評価の完了は約4年後を見込んでいる。

 一方、欧州連合(EU)で医薬品の審査を担う欧州医薬品庁(EMA)の医薬品委員会(CHMP)は21年12月、アデュカヌマブの販売承認申請について、安全性や有効性などを理由に否定的な見解を示し、販売承認を見送った(https://www.ema.europa.eu/en/medicines/human/summaries-opinion/aduhelm)。

 さらに、米国の公的な医療保険制度「メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)」は今年1月、アデュカヌマブを含む「抗Aβ抗体医薬」について、治験登録者のみを保険適用とする案を示し、4月11日までに最終決定を発表するとしている(https://www.cms.gov/newsroom/press-releases/cms-proposes-medicare-coverage-policy-monoclonal-antibodies-directed-against-amyloid-treatment)。

「想像していたよりもかなり厳しい判断」

 ――薬食審・医薬品第1部会では、アデュカヌマブの承認を了承せず、「今後実施される適切なデザインの臨床試験の成績等に基づき」有効性と安全性について再検討し、結果に応じて再度審議するとしています。EMAと同様の理由で、日本も今後の治験結果などを待って再び審議する「継続審議」となりました(https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000871761.pdf)。厚労省の判断について率直な感想をお聞かせください。

 ◆複雑なケースなので、継続審議になるとは思っていましたが、僕自身が想像していたよりもかなり厳しい判断でしたね。

 アデュカヌマブには、アミロイド関連画像異常(Amyloid Related Imaging Abnormalities, ARIA)という「脳浮腫(ARIA-E)」や「脳微小出血(ARIA−H)」などの副作用もあるので、「リスクがベネフィットよりも上回るとは言い切れない。プラスアルファでデータを積んでください」と言わざるを得なかったのでしょう。FDAのように「代替的な評価項目」は認めませんでした。

 日本では、厳密にどのように議論し、判断したのかはわかりません。ただし、二つの大きな柱となる試験の間で結果が矛盾しているのは事実です。治験のデータに傷があるともいえます。科学的に見ると、ポテンシャルは高く評価できても、有効性を証明できない。そこを厳しく見れば、厚労省の判断も理解できます。

 今後、追加データなど新しい議論の材料が提出されれば改めて審議するということなので、その点がカギになるのではないでしょうか。その場合、追加の臨床試験の結果を必須とするのか、それ以外のデータも受け入れるのかなど、条件によって大きく状況は異なります。

 ――継続審議の理由の一つとして、「申請の根拠とされた二つの国際共同第3相臨床試験の結果に一貫性がないこと」が挙げられました。15年8月に開始したENGAGE試験と、同年9月にスタートした…

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西田佐保子

毎日新聞 医療プレミア編集部

にしだ・さほこ 1974年東京生まれ。 2014年11月、デジタルメディア局に配属。20年12月より現職。興味のあるテーマ:認知症、予防医療、ターミナルケア。