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認知症の予防薬・治療薬、無症状期の投与がカギ? 開発の可能性と課題/下

西田佐保子・毎日新聞 医療プレミア編集部
アルツハイマー病の無症状段階「プレクリニカル期」を対象とする臨床研究「J-TRC」についてのオンライン記者会見で、「ボランティアの参加者には国際的な臨床試験に関する情報提供も行っていきたい」と話す日本認知症学会理事長の岩坪威・東京大教授
アルツハイマー病の無症状段階「プレクリニカル期」を対象とする臨床研究「J-TRC」についてのオンライン記者会見で、「ボランティアの参加者には国際的な臨床試験に関する情報提供も行っていきたい」と話す日本認知症学会理事長の岩坪威・東京大教授

 昨年、アメリカで18年ぶりに登場したアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」(製品名・アデュヘルム)が話題になった。新薬の研究開発には膨大な費用がかかる一方、これまで400種類を超えるアルツハイマー病の治療薬候補が臨床試験で結果を出せず、撤退を余儀なくされてきた。今後、アルツハイマー病の予防薬や治療薬の開発はどのように進展していくのか。日本認知症学会理事長の岩坪威・東京大教授(62)は「無症状期での投与がカギになる」と話す。その真意を聞いた。(前編:アルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」承認見送り その背景と今後の展望は?)【聞き手・西田佐保子】

徐々に進行するアルツハイマー病

 認知症の原因の一つであるアルツハイマー病の特徴は、脳神経細胞の外に「アミロイドベータ(以下、Aβ)」が沈着することや、脳神経細胞の中にたまるリン酸化したタウたんぱく質(以下、タウ)、そして記憶に関わる海馬を中心とした脳全体の萎縮だ。

 アルツハイマー病の詳細な発症メカニズムはいまだ解明されていないが、その多くは進行が緩やかで、症状が出る約20年前から脳内の変化が生じる。まずAβが増えて、神経細胞の外側に固まってたまり始める。その後にタウが神経細胞の中に蓄積し、神経細胞が死んでいく。発症の5年前ごろには記憶に関わる海馬をはじめとする大脳皮質が萎縮し、さまざまな症状が出てくる。

 最初は「プレクリニカル期」と呼ばれ、Aβが蓄積しているだけで症状はない。そして、脳の病変が進行して物忘れなどの症状が出はじめる「プロドローマル期(軽度認知障害=MCI)」になり、その後アルツハイマー型認知症を発症する。

 アデュカヌマブは、Aβにくっつく特徴を持つ「抗体」と呼ばれるたんぱく質(抗Aβ抗体)を投与する「抗体医薬」で、アルツハイマー病発症の仕組みに直接作用する初めての承認薬として注目を集めた。

アデュカヌマブ迅速承認には弊害も?

 ――「アデュカヌマブ」は、MCIや軽度アルツハイマー病を対象にしています。一方、脳浮腫(ARIA-E)などの副作用もあります。現在治験が進められ、アデュカヌマブと同じような仕組みで治療を目指す抗体医薬には、副作用の発生頻度が少ないものがあるようです。これらの治療薬候補について教えてください。

 ◆一つは、日本のエーザイが主体となり米国のバイオジェンと共同開発している「レカネマブ」です。臨床試験の最終段階となる「第3相臨床試験(P3)」の結果が、最速で今年の9月に明らかになる予定です。昨年12月24日には、米食品医薬品局(FDA)から「優先審査」(ファストトラック)の指定を受けています。また、スイスの製薬会社ロシュの「ガンテネルマブ」はP3の試験が今年後半に終わります。米製薬会社イーライリリーの「ドナネマブ」は、P3の結果が来年初めに明らかになるとされています。

 いずれの治療薬候補も、アデュカヌマブと同じように脳に沈着したAβを除去することで、認知機能の低下や症状の進行の抑制を狙う「抗Aβ抗体」と呼ばれるものです。投与の対象も、MCIおよび軽度アルツハイマー病になります。

 前回もお話ししたように(https://mainichi.jp/premier/health/articles/20220217/med/00m/100/006000c)P3を終えなければ本当の信頼できる結果とはいえませんが、ドナネマブの第2相臨床試験(P2)では、認知機能の低下が32%抑制されました。一方、副作用は、アデュカヌマブが35%、ドナネマブは27%、レカネマブは10%程度です。

 ――FDAはアデュカヌマブを迅速承認する際、患者の症状の改善ではなく、Aβが減少したことを「代替的な評価項目(サロゲートエンドポイント)」として評価しました。アデュカヌマブの迅速承認によって、今後、Aβを標的とした薬の開発に製薬会社が集中するのではないかという指摘もあります。

 ◆それは必ずしも当たっていないと思います。製薬会社は常に「先」を見据えて研究開発を進めています。まだなかなか成功には至っていませんが、タウを標的とした抗体医薬の開発も進められています。製薬会社がAβの減少を狙った薬の開発に力を入れているというのは、逆に「他の候補が治験で残らなかったので(やむを得ずAβに)力を入れている」ということを意味しているのかもしれません。

 とはいえ、現在、P3まで進んでいるものが抗体医薬のみというのは、非常に困った状況ですね。抗体医薬は値段が高く、投与しても、血液中から脳まで届くのは0.1~0.2%にとどまるとされています。効率は悪いものの、一定の効果が出ているから開発を続けている、というわけです。

Aβを作る酵素を阻害する薬の現状

 ――アルツハイマー病発症の原因とされるAβは、たんぱく質「APP」が「βセクレターゼ」と「γ(ガンマ)セクレターゼ」という二つの酵素によって切断されて作られるたんぱく質です。そのβセクレターゼを取り除くことによってAβができるのを抑える経口治療薬「βセクレタ…

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毎日新聞 医療プレミア編集部

にしだ・さほこ 1974年東京生まれ。 2014年11月、デジタルメディア局に配属。20年12月より現職。興味のあるテーマ:認知症、予防医療、ターミナルケア。