
2000年4月に改正民法が施行され、新たに始まった成年後見制度は、判断能力の不十分な認知症などを持つ人を保護するための制度です。しかし、「ノーマライゼーションの推進」「本人の自己決定の尊重」「身上保護の重視」が基本理念として追加されたその基本構造は、“明治民法”以来一貫して変わらず、個人の権利を包括的に制限する制度であるという話を前回(https://mainichi.jp/premier/health/articles/20220203/med/00m/100/010000c)しました。
被後見人等(判断能力の程度に応じ、被後見人、被保佐人、被補助人の3段階ある)の行う契約などの財産行為は後見人が同意しなければ発効せず、同意なしに結ばれた契約は取り消しできます。また、後見人は被後見人の意向にかかわらず代理で財産行為を行うことができます(任意後見人の持つ権限は代理権のみ※)。
さらに、財産管理を目的としていた成年後見制度が、16年に施行された成年後見制度利用促進法により、家族の支援を受けられない認知症高齢者を支援する手段としても用いられるようになりました。今回は、本来、財産を守る制度として設計された成年後見制度を、福祉の領域に持ち込んだためにどのような問題が起こっているのかをお示ししようと思います。これからご紹介する事例は個人情報を守るために、いくつか組み合わせて作ったモデルですが、問題点を大げさに強調していることは決してありません。
離れ離れになった子のいない老夫婦
Aさんは86歳の男性、Bさんはその妻で80歳でした。Aさんには脳梗塞(こうそく)の既往症があり半身まひで要介護2の判定が出て、ホームヘルプやリハビリなどの在宅サービスを受けていました。子供はなく、頼れる親族もありません。
2人は持ち家に住み、収入は、Aさんの年金が9万円、Bさんの年金が5万円ほど、この他にAさん名義の預貯金(金額不明)があり、家から出られないAさんに代わって、Bさんが2人のお金の管理をしていました。Bさんにも軽い物忘れがありましたが、生活はなんとか維持されていました。
ところがあるとき、Aさんのケアマネジャーから地域包括支援センターに対して、「Aさんの介護度であれば、まだ使えるサービスがあるのに、妻のBさんが断る」との相談がありました。
相談を受けた地域包括支援センターはAさんとBさんの住む地域の区役所とも協議し、まずBさんを、介護放棄を理由に虐待認定しました。家族介護者の虐待認定は、05年に成立した高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(高齢者虐待防止法)に基づいて行われるもので、Bさんについては、Aさんに対する養護を著しく怠るという介護放棄が理由とされました。
区は、この法律に基づいてAさんを介護施設に一時保護してBさんから引き離し、この間、区長が法定後見制度の申し立てを行い、Aさんに代理権付きの保佐人を付けました。保佐人は法が定めた権限に基づいて、金融機関に対してAさん名義の通帳の再発行を求め、保佐人が通帳を管理することになりました。
Aさんは保佐人の代理契約で有料老人ホームに移りました。Aさんがホームに入居すると、区は「介護放棄の実態がなくなった」という理由で虐待認定を終了し、Bさんへの関与をやめました。
家に一人残されたBさんは、これまで2人の生活に使っていた夫の年金や預貯金の引き出しができなくなり、自分の年金5万円だけで生活しなければならなくなりました。これまで、夫Aさんの介護のために家に訪れていたヘルパーや理学療法士が、さりげなく2人の生活を気遣っていましたが、Aさんが入所してしまったので彼らの出入りも途絶えました。2カ月もすると、Bさんの生活は破綻し始めました。
すると、地域包括支援センターの職員が医師を伴ってBさん宅を訪問し、医師は玄関先の立ち話で、Bさんが重度の認知症を患っており、日常的な買い物などをする能力もないという診断書を作成しました。この診断書に基づいて、区長の申し立てでBさんに後見人を付け、同時に、混乱したBさんを精神科の病院に入院させました。
入院後、Bさんの後見人とAさんの保佐人が協力して2人の資産を調査し、幸いそれなりの財産が確認されたので、Bさんも長期に介護が受けられる施設に移ることになりました。なお、Bさんが暮らしているのはAさんとは別の施設です。
「死ぬまで呪ってやる」と叫んだ独居女性の心の内
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