人生なりゆき~シニアのための楽しい生き方・逝き方

西郷輝彦さんと私の前立腺がん 同じことと違うこと

石蔵文信・大阪大学招へい教授
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 前立腺がんで亡くなった俳優の西郷輝彦さん。ほぼ同じ年齢で前立腺がんを発症した石蔵文信・大阪大招へい教授が、自らの闘病生活と西郷さんを重ね合わせ、どのように最期を迎えるかを考えます。

西郷さんとほぼ同じ年齢で発症

 歌手で俳優の西郷輝彦さんがお亡くなりになりました。前立腺がんが原因で、75歳の生涯を閉じられました。64歳ごろに発症したとのことですので、11年間のがんとの闘病、お疲れさまでした。貴重な才能のある方を失ったのは悲しいことです。

 西郷さんが前立腺がんを発症したのは、私が前立腺がんを発症したのとほぼ同じ年齢です。西郷さんの場合は全身に転移していなかったのか、前立腺を摘出する手術を受けたそうです。それからしばらくして再発をしたようなので、おそらくどこかに転移があったのだろうと想像されます。

 私の場合は、64歳で前立腺がんが発症したときは、すでに全身の骨に転移をしていましたので、手術も放射線治療もできない状況でした。ホルモン治療を受けたところ、最初はかなり効果があり、前立腺がんになると高くなる検査値「PSA」が1近くまで下がりました。

 しかし、1年半ほどたつとPSAが徐々に上昇し、ホルモン治療だけでは限界だと判断した主治医は、もう少し強い薬を処方してくれました。…

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石蔵文信

大阪大学招へい教授

いしくら・ふみのぶ 1955年京都生まれ。三重大学医学部卒業後、国立循環器病センター医師、大阪厚生年金病院内科医長、大阪警察病院循環器科医長、米国メイヨー・クリニック・リサーチフェロー、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻准教授などを経て、2013年4月から17年3月まで大阪樟蔭女子大学教授、17年4月から大阪大学人間科学研究科未来共創センター招へい教授。循環器内科が専門だが、早くから心療内科の領域も手がけ、特に中高年のメンタルケア、うつ病治療に積極的に取り組む。01年には全国でも先駆けとなる「男性更年期外来」を大阪市内で開設、性機能障害の治療も専門的に行う(眼科イシクラクリニック)。夫の言動への不平や不満がストレスとなって妻の体に不調が生じる状態を「夫源病」と命名し、話題を呼ぶ。また60歳を過ぎて初めて包丁を持つ男性のための「男のええ加減料理」の提唱、自転車をこいで発電しエネルギー源とする可能性を探る「日本原始力発電所協会」の設立など、ジャンルを超えたユニークな活動で知られる。「妻の病気の9割は夫がつくる」「なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか エイリアン妻と共生するための15の戦略」など著書多数。