医療プレミア特集

危機的状況下にあるウクライナの子どもたちへ 日本の医師らが情報発信

西田佐保子・毎日新聞 医療プレミア編集部
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危機的状況における子どもと保護者を支援するウクライナ語の医療情報サイト。PDFでダウンロードもできる。日本における災害時対策としても参考になる。左がウクライナ語版、右が日本語版=「教えて!ドクター」プロジェクト提供
危機的状況における子どもと保護者を支援するウクライナ語の医療情報サイト。PDFでダウンロードもできる。日本における災害時対策としても参考になる。左がウクライナ語版、右が日本語版=「教えて!ドクター」プロジェクト提供

 ロシアの侵攻による戦火から逃げ惑うウクライナの子どもたちのために――。長野県佐久市の医師と佐久医師会によるプロジェクト「教えて!ドクター」が、避難先での安全対策や子どもたちの心のケアなど、危機的状況における子どもと保護者を支援するウクライナ語の医療情報サイト(https://cpc-ua.com/、日本語版はhttps://cpc-ua.com/japanese)を公開した。この取り組みを企画したプロジェクトの責任者、佐久総合病院佐久医療センター小児科・国際保健医療科の坂本昌彦さん(44)に思いを聞いた。【西田佐保子】

日本にいてもできることはある

 坂本さんは大学6年の時、ポーランドの都市、グダニスクにある大学の医学部に交換留学生として通った。ロシアによる侵攻は「信じられないという言葉しかない悲劇的な状況。その中で、多くのウクライナ人の親子がポーランドに避難しているというニュースをテレビで見ていたときに、『僕たちが何か役に立てることはないか』と漠然と思いました」。

 「教えて!ドクター」(https://oshiete-dr.net/)は、地域での子育て支援や育児の不安を解消することを目指すプロジェクトで、子どものための災害時支援情報も提供してきた。ウクライナでは今、戦火で多くの子どもの健康が脅かされている。大規模災害と戦乱では状況は異なるものの、共通する部分もある。

 「災害時のノウハウを活用して、ウクライナ人の保護者と小児をサポートする内容を作れるかもしれない」と、プロジェクトのメンバーや友人の医師らとも話し合った。

 坂本さんは過去に、海外の医療現場で働いた経験がある。12年にタイ・マヒドン大で熱帯医学の研修を受け、翌年はボランティアとしてネパールの診療所で患者と向き合った。「今、ウクライナに行かないからといって、何もできないわけではない。『日本にいてもきっとできることがある』と考えました」

「教えて!ドクター」プロジェクトチームの責任者、坂本昌彦さん。専門は小児救急と渡航医学だ
「教えて!ドクター」プロジェクトチームの責任者、坂本昌彦さん。専門は小児救急と渡航医学だ

 重要なのは、情報の内容を現地の人が分かる言葉で表現すること。「翻訳者が集まるならやろう」と決め、知り合いのポーランド人女性に相談した。すると「ウクライナ人はポーランド語が分からないから、ウクライナ語で発信すべきだ」と助言され、フェイスブックのウクライナ人たちのコミュニティーを紹介してくれた。

 そこで呼びかけた結果、日本語が堪能なウクライナ人2人がボランティアとして手を挙げた。当初、坂本さんは「このプロジェクトは意味があるのか。戦乱のウクライナで必要とされるのか」と迷いもあったという。だが、この2人が現れ、「ぜひ翻訳させてほしい」と言ってくれたことで「腹が決まった」と明かす。

 ボランティアで翻訳を引き受けてくれた1人は、キエフに在住していた元慶応大教授だ。現在は家族とともに比較的安全な場所へ避難したというが、最初にやりとりをしていたころは、キエフの地下のシェルターを行き来する極めて困難な状況下にいた。翻訳作業は、そのような中で進めてくれた。その姿に、「涙が止まらなかった」と坂本さんは話す。

日本からウクライナへの連帯と共感を示すメッセージに

飛沫(ひまつ)感染症対策について=「教えて!ドクター」プロジェクト提供
飛沫(ひまつ)感染症対策について=「教えて!ドクター」プロジェクト提供

 「何か役に立てないか」と考えた2月28日夜以降、多くの友人、知人、災害対策専門家、医療者、イラストレーター、ウェブデザイナー、そしてウクライナ語への翻訳を引き受けてくれたボランティアたちの協力が一気に集まった。そして、今月3日にサイトをオープンできた。

 サイトの内容は、アレルギーがある場合の注意点や感染対策、少量のお湯で皮膚をきれいに保つ方法、寒さからの身の守り方、下痢になったときの対処法、産前産後の母親や子どもたちの心のケアなど。7日には、避難所で子どもを安全に守る原則と方法、避難所の栄養リスクを追加した。「避難所では子どもの身を適切に管理することが重要です。誘拐や性犯罪のリスクがあり、子どもを1カ所にまとめて大人が守ってほしい」(坂本さん)

 日本語版を作ったのは、安心してシェアしてもらうためだ。在ウクライナ日本大使館から「SNSやウェブサイトなどでこの資料を使わせてほしい」と連絡があったという。

危機的状況下の子どもの安全管理・保護について=「教えて!ドクター」プロジェクト提供
危機的状況下の子どもの安全管理・保護について=「教えて!ドクター」プロジェクト提供

 世界保健機関(WHO)は5日、ウクライナ危機に関するリポートを公表し、公衆衛生上の懸念(https://www.who.int/publications/m/item/emergency-in-ukraine---situation-report-1)として、新型コロナウイルス感染症や麻疹(はしか)などの感染症拡大、メンタルヘルスを挙げた。

 坂本さんたちが作ったサイトは、それらの内容をカバーするかたちになっており、「特に、感染力の強いはしかには注意が必要」と呼びかける。

 現在は、ウクライナから多くの避難民を受け入れているポーランドでも活用できるよう、ポーランド語版、さらに英語版も作成中だ。坂本さんは「知り合いのウクライナ人やポーランド人にぜひ情報をシェアしてほしい。サイトを公開したのは、現地の人たちに『役に立つから絶対に利用して』と押しつけるためではありません。この活動を通じて、日本にもウクライナの人々への連帯の気持ちを持っている人がたくさんいることを伝えたい。それが最大の動機なのです」と話している。

 さかもと・まさひこ

 佐久総合病院佐久医療センター小児科医長兼国際保健医療科医員。2004年名古屋大学医学部卒業。専門は小児救急と渡航医学。保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした佐久医師会による「教えて!ドクター」プロジェクト(https://oshiete-dr.net/)責任者。

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西田佐保子

毎日新聞 医療プレミア編集部

にしだ・さほこ 1974年東京生まれ。 2014年11月、デジタルメディア局に配属。20年12月より現職。興味のあるテーマ:認知症、予防医療、ターミナルケア。