回復/修復に向かう表現

とらわれの身を踊る <米国男子刑務所編>

坂上香・ドキュメンタリー映画監督
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米カリフォルニア州のサンクエンティン刑務所内のダンスチーム「アーティスティック・アンサンブル(Artistic Ensemble)」による「断層線(Faultline) 」の一場面(c) Peter Merts
米カリフォルニア州のサンクエンティン刑務所内のダンスチーム「アーティスティック・アンサンブル(Artistic Ensemble)」による「断層線(Faultline) 」の一場面(c) Peter Merts

寒気がした不気味な刑務所

 サンクエンティン州立刑務所。

 刑務所モノのハリウッド映画やアメリカの犯罪ドラマが好きな人であれば、この名前を耳にしたことがあるだろう。

 収容されているのは「札付きのワル」「凶悪犯」で、暴動や脱獄が頻発する「悪名高き刑務所」の印象ではないだろうか。

 私が初めて米カリフォルニア州サンフランシスコ北部のマリン郡に位置するサンクエンティン州立刑務所を実際に見たのは、今から四半世紀以上前の1996年のこと。テレビ番組の取材の一環だったのだが、中に入れたわけではなく、撮影できたのは塀の外だけだった。

 海岸沿いにそびえ立つ、古めかしいレンガ造りの巨大な建物群と白い監視塔。1852年に開設された当時の面影を残した外観は、「監獄」の呼び名そのものだった。死刑囚と終身刑受刑者を含め、凶悪な罪を犯した4000人近くがここに収監されている。そう思うと、不気味に思え、寒気すらした。

 実は、こうしたネガティブなイメージとは裏腹に、サンクエンティン州立刑務所は、米国でも最先端の刑務所の一つだと後になって知った。更生プログラムや教育プログラムが豊富で、心理療法も積極的に取り入れられている。以前も紹介した犯罪被害者や遺族との対話プログラム(修復的司法)や、市民との交流も盛んだ。

 なかでも近年、注目されているのがアート活動だ。米国にはアートが盛んな刑務所はいくらでもあるが、サンクエンティン州立刑務所の特徴は、第2回で紹介したラップの活動(https://mainichi.jp/premier/health/articles/20210407/med/00m/100/009000c)と同様、当事者(受刑者)が主体であるということである。

 今回は、男子刑務所で行われているダンスの活動を紹介する。

塀の中と外 

 サン・クエンティン州立刑務所の中に入ることができたのは、塀の外を撮影してからおよそ20年後の2015年のことで、建物自体は昔のままだった。

 入り口での検査――事前に行われた犯罪歴調査とパスポートの照合、金属探知機による持ち物検査――の長い列に加わり、鍵をジャラジャラさせた看守に率いられ、いくつもの扉をくぐり抜けていく。扉が開く度に、ビーッと独特の大きな金属音が聞こえる。受刑者が生活する居住区域に到着するまでに、1時間近くかかった。

 最後の扉の先に、ブルーデニムを着た受刑者たちが歩きまわる姿が見えた。広場の中央にある噴水(水はなく、壊れていた)が目に飛び込んできた。そして、その周りでは男性らが集っておしゃべりをしたり、通りがかりにあいさつがわりの握手やハイファイブ(互いに片手を上げて、手のひらをパチンと打ち合わせるしぐさ)をしたりしていた。

 アメリカの刑務所は初めてではなかった。カリフォルニア州の刑務所にも何度も撮影で訪れていたが、そのいずれとも雰囲気が異なる。サンクエンティン州立刑務所には四つの居住区があるが、ここはアート活動が許可されている、刑務所の中でも自由度が高い居住区だったのだ。

 都市部の「プロジェクト」や「ゲットー」と呼ばれる低所得者地区と重なって見えた。もちろん刑務所は、高い壁や高圧電線に囲まれ、要所要所に配置された看守や監視カメラに包囲されている。しかし外の世界のゲットーもまた、警察や監視カメラによって包囲されている。

 監視や管理は、刑務所で始まったわけではない。受刑者にとって、それらは以前から存在し、刑務所で強化されたに過ぎない。

刑務所アートツアー

 訪問時、私は100人程度の刑務所ツアーの一員だった。「刑務所とアート」をめぐる学術会議が米サンフランシスコ大学で5日間行われていて、この「刑務所アートツアー」は、会議最終日のオプショナル企画だった。

 その目的は、受刑者によるアート活動に直接触れること。50人ずつ、二つのグループに分かれて交代で絵画作品を見たり、演劇やダンスを見たりして、受刑者らと交流するプログラムが組まれていた。

 「本日のガイドを務めるジョージです。よろしく」

 そうあいさつしたのは、ブルーデニムを着用した受刑者だった。記録係として、ブルーデニムを着たカメラマン(受刑者)も同行していた。看守の同行はない。ツアーの開始時点から驚いた。

 ジョージの後に、50人がぞろぞろと続いた。最初に向かう先は「アートギャラリー」だという。会議室のドアに「展示会場」と手書きの紙が貼り付けてあるだけの、飾り気のない会場だったが、イーゼルの上に置かれた受刑者によるカラフルな絵画作品が、ひしめきあうようにして展示されていて、圧倒された。

 ある作品をじっと見ていると、背後に立っていた男性から声をかけられた。

 「この色使い、なかなか面白いなと思って。この中では僕の一番のお気に入りなんだけど、どう思う?」

 振り向くと、ブルーデニムの上下を着た男性だった。訪問者ではなく、受刑者だった。

 展示会場を通りかかった受刑者がふらっと立ち寄り、訪問客に混じる。立場に関係なく、作品を共に見て、語り合う。そんなことが刑務所という場で自然に実現し…

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坂上香

ドキュメンタリー映画監督

1965年大阪府生まれ。高校卒業と同時に渡米留学し、ピッツバーグ大学大学院(国際関係学)在学中に南米を放浪。92年から約10年間TVディレクターを務めた後、津田塾大学等で専任教員に。2012年に独立し、劇場公開向けの映画制作や上映活動を行うかたわらNPO out of frameの代表として、矯正施設等で表現系のワークショップを行ってきた。国内の刑務所を舞台にした映画「プリズン・サークル」(19年)が公開2年目に突入。劇場公開作品に「ライファーズ 終身刑を超えて」(04年)、「トークバック 沈黙を破る女たち」(14年)がある。著書に「ライファーズ 罪と向きあう」(12年、みすず書房)など。