人生の筋トレ術

老化は口から 気を付けたい“オーラルフレイル”

西川敦子・フリーライター
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 実家に帰り、父親と水入らずで食事した稔さん。妻が作って持たせてくれた総菜を皿に盛り、テーブルに並べた。「ずいぶんいろいろ作ってくれたんだな。うまそうだ」と喜んでいた父親だったが、なかなか箸を動かさない。

 「そのから揚げ、うまいよ」「わかめの酢味噌和(みそあ)え、好きだろう」などと勧めたが、ひたすら自分で買ってきた茶わん蒸しを食べている。どうやらうまくものが噛(か)めないらしい。くちゃくちゃ音を立てて咀嚼(そしゃく)しているばかりか、口のはしには食べこぼしもついている。

 昔は食事作法に厳しかったのに……。父親の変貌ぶりに衝撃を受け、稔さん自身も食欲を失ってしまった。

足腰より先に口が衰える

 足腰の老化はウォーキングしたり、坂を上がったりすればすぐわかる。一方、口の老化は気づきにくい。

 口の老化を見過ごすと、寝たきり状態を招きかねない――。国や日本歯科医師会が注目する「オーラルフレイル」という概念をご存じだろうか。

 加齢にともない心身が衰えた状態を意味する「フレイル」(虚弱)という言葉を耳にしたことのある人は多いだろう。「オーラル」は口。つまり、「オーラルフレイル」とは、噛んだり、飲み込んだり、話したりする「口腔(こうくう)機能」が衰え、やがて心身機能の低下につながっていく過程を指す。

 「老化すると口の衛生状態が悪化し、虫歯や歯周病を発症しやすくなります」

 そう指摘する北海道大学大学院歯学研究院口腔健康科学分野の渡邊裕准教授(54)は、理由を次のように説明する。

 「一つ目は汚れをきれいにしてくれる唾液の分泌量が減ってしまうこと。二つ目は歯茎が下がって歯と歯の隙間(すきま)が大きくなったり、あるいは入れ歯が増えたりして、食べ物のカスが残りやすくなることです」

 虫歯や歯周病で歯の本数が減り、痛みが生じれば、以前のような食事はできなくなる。

 「滑舌よく発音できないのでコミュニケーションもしづらくなります。その結果、外出も減り、心身の虚弱化、つまりフレイルが進んでしまいます。フレイルになれば、歯磨きもおろそかになったり、唾液分泌がさらに減ったりして口の衛生状態がますます悪くなってしまいます」

 渡邊氏は「オーラルフレイルの始まりは一般の人がイメージする以上に早く、“身体的フレイル(加齢にともない身体が衰えた状態)”にも関係する」という。

 この事実を示唆する調査研究がある。東京大学高齢社会総合研究機構が実施した大規模高齢者コホート(特定の集団を一定期間追跡・観察する)だ。対象者は千葉県柏市在住の高齢者2044人で、要介護度の認定調査で自立、または要支援とされた比較的、元気な人々だ。

 研究では、対象者を“オーラルフレイルのある人”と“ない人”にグループ分けし、追跡調査を行ったが、2年目の時点で、両グループの間には大きな差が生じていた。

 「オーラルフレイルありのグループで身体的フレイルに至っていた人数は、なしのグループの2.4倍。サルコペニア(加齢による筋肉量、筋力の低下)は2.1倍に達しました。4年目になると差はさらに明確化します。オーラルフレイルありのグループにおける要介護認定者は、なしのグループの…

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西川敦子

フリーライター

にしかわ・あつこ 1967年生まれ。鎌倉市出身。上智大学外国語学部卒業。編集プロダクションなどを経て、2001年から執筆活動。雑誌、ウエブ媒体などで、働き方や人事・組織の問題、経営学などをテーマに取材を続ける。著書に「ワーキングうつ」「みんなでひとり暮らし 大人のためのシェアハウス案内」(ダイヤモンド社)など。