漢方ことはじめ フォロー

漢方と占いの怪しい?関係 孔子も尊んだ「易経」の思想

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
銀座に出現した八卦見(易者)=1950年12月撮影
銀座に出現した八卦見(易者)=1950年12月撮影

 以前、ある学会から「漢方薬で抗生物質の使用量を減らせるか」をテーマに講演を委嘱されました。現代医学において、抗生物質は細菌などの感染症に対する強力な切り札ですが、不適切な使われ方が繰り返されるようになると、菌が変異を起こし抗生剤が効きにくくなる「耐性」という現象が起きます。感染症の専門医のあいだでは「You use it, you lose it(使えば失う)」と言い習わされ、切り札は乱用を続けると、いざという時に役立たなくなると危惧されているのです。

 私は細菌に限らず感染症全般について漢方の治療史を調べました。すると、大正時代にスペイン風邪が世界的に大流行したとき、森道伯という漢方医が症状に応じて三つの病型(肺炎型・胃腸型・脳炎型)に分け、巧みに治療していたことを知りました。

 スペイン風邪はインフルエンザウイルスによって引き起こされるものですが、通常のインフルエンザとは異なり、人体に備わった免疫の働きをかく乱し、「サイトカインストーム」と呼ばれる免疫の暴走が起こることで重症化するとされています。

 近い将来、高病原性インフルエンザ(H5型)の大流行が起きた時は、スペイン風邪と同様に「サイトカインストーム」が大きな問題になるはず……その時、道伯の治療経験が役に立つに違いない、と私は予想したのです。

 ところが、その後に起こったのはインフルエンザではないウイルスによるパンデミック(世界的大流行)でした。漢方薬ではなく免疫疾患の治療で使われる「抗サイトカイン薬」が重症化したケースに応用されたのです。

 もし道伯が生きていたら、この驚くような予想外の展開をどう見たでしょうか。道伯の弟子、矢数格氏が著した「森道伯先生伝」にこんな記述を見つけました。「易(えき)は幼少より特に趣味を有せられ、好んで筮竹(ぜいちく)を握り、以って国家を憂え、人事を指導せらる……」

 「易」とは、儒教の経典の一つである「易経」に基づいた占いの学問です。怪しい占いなんかに頼る100年前の漢方医など信用に値しない、と言われてしまいそうですが、「易経」という書物は古代の中国人が宇宙や大自然をどのように捉え、どのように記述してきたかをうかがい知るためのバイブル的存在です。

 この「易経」には「韋編三絶(いへんさんぜつ)」…

この記事は有料記事です。

残り1708文字(全文2661文字)

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。