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盲ろう者から学ぶコミュニケーションの本質~スローコミュニケーションの試み/2

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
福島智・東京大学先端科学技術研究センター教授=2021年3月、遠藤大志撮影
福島智・東京大学先端科学技術研究センター教授=2021年3月、遠藤大志撮影

 「何も見えず何も聞こえない」世界にいる福島智・東京大学先端科学技術研究センター教授は、どのようにして社会とつながっているのでしょうか。15年にわたり福島さんと交流を深めてきた野澤和弘さんが、その奥深いコミュニケーションのありようを通して、コミュニケーションの本質について考えます。

日本の「ヘレン・ケラー」は約1万4000人

 見えない人(視覚障害者)は話し言葉や点字で、聞こえない人(聴覚障害者)は手話や要約筆記でコミュニケーションする。

 それでは、見えない・聞こえないという盲聾(ろう)の重複障害者はどうやって意思のやり取りをしているのだろうか。

 ヘレン・ケラーに教育を施したサリバン先生の物語はよく知られている。2歳のころの病気で失明し耳も聞こえなくなったヘレンにポンプでくみ上げた冷たい水を触らせ、「water」と片方の手に指で何度も書いて教えるシーンは有名だ。想像を絶する忍耐力でヘレンの才能を開花させた。まさに「奇跡の人」である。

 しかし、舞台や映画でのヘレンは知っていても、私たちの近くにいる盲ろう者のことはどれくらい知っているだろう。日本国内だけでも1万4000人くらいは存在すると言われるが、彼らがどのように暮らしているのかを知っている人は少ないはずだ。

 障害者問題について私自身は専門的に関わってきたつもりだったが、福島智さんが登場するまで盲ろうの人とは会ったことがなかった。何も見えず、何も聞こえない人と直接話をすることができるなどとは思ってもみなかった。

 福島さんは東京大学先端科学技術センター教授だ。1962年に神戸市で生まれ、小学生で全盲となり、高校生のときに特発性難聴により聴覚も失った。

 15年ほど前から私はさまざまな場面で福島さんと交流を深めてきた。何も見えず何も聞こえない世界にいる彼がどのようにして社会とつながっているのか。そのコミュニケーションを通して人間と社会の本質について考えてみたい。

福島智さんとの出会い

 初めて福島さんを見たのは、2007年ごろ厚生労働省の社会保障審議会障害者部会でのことだった。

 指点字の通訳者を両脇に置いて、少し鼻にかかった甲高い声で話すのが印象に残る。障害者自立支援法が施行されて間もないころ、障害を持つ当事者たちから厚労省に対して批判が起こっていた。「自立」をうたいながら、地域での自立生活を支えるサービスに十分な予算が付いていないことなどが批判の的とされた。盲ろうという重複障害の当事者である福島さんの発言も多分に漏れず厳しかった。同じ審議会の委員だった私は何となく近寄りがたさを感じて、独特の声で持論を述べる姿を遠くから眺めていた。

 初めて話をしたのは、障害者が楽しめる映画を作ろうという研究会の席だった。

 「あの福島さんが冗談を言うんですよ」

 研究会に私を誘った知人はいたずらっぽく笑った。東京・駒場にある東京大学先端科学研究センターの会議室で研究会は行われた。

 「笑わせてなんぼの世界で育ちましたから。私、関西人なんです。今度、審議会でダジャレでも言ってみようかな」

 険しい顔しか見せない審議会とは別人のようだ。

 それが縁で毎日新聞夕刊の「人生は夕方から楽しくなる」(08年10月18日)という長文のインタビュー記事で紹介させていただいた。その中で福島さんは若者たちのコミュニケーション不全について語ったくだりがある。

 <「今、何してる?」「どこにいる?」「誰と?」。若者の携帯での会話は盲ろう者のコミュニケーションに似ている。見えない、聞こえないと、自分の周囲の最低限の情報を知りたがる。「若者たち、見えるし聞こえるのに、どうして孤独なのだろうと思います」。技術が進化しても、伝わらないものがある>

「場の空気」を読む必然性

 会議などでの福島さんは、自分が発言していないときに指点字の通訳者にしきりに話しかける。それが私は気になっていた。「〇〇さんはどこにいる?」「何人くらいここにいる?」「△△さんは今、何をしている?」。注意して聞くと、そんなことを小声で尋ねている。通訳者が伝える情報でその場の状況をイメージしているのだろう。

 意見をやり取りするだけでなく、その場の「空気」がコミュニケーションにとっていかに重要かを示唆している。私たちは会議に参加している人たちの様子を見たり、小声での雑談や感嘆の声やため息を聞いたりしながら、場の「空気」を無意識のうちに読んでいる。さまざまな立場や価値観の人々が集まって会議をするのは「論」のやり取りだけでなく、「情」の交わりを通して言葉にならないものを共有し理解しようとしているからにほかならない。

 子どもたちが当たり前のようにスマホを持つようになり、SNSで絶えずつながることができるようになった。ネットの世界では何でもすぐに知ることができる。見たり聞いたりすることができる。一方で、生身の人間同士の情動のやり取りが希薄になっている。そこに孤独を感じると福島さんは言う。見えない・聞こえないために絶えず周囲の状況や空気を知りたがる盲ろう者のコミュニケーションと似ているというのである。

 コロナ禍によって会議や授業がオンラインで行われるのが普通になった。長時間の会議はストレスを感じる。通信環境が悪くて音声が不鮮明だったりするとなおさらだ。慣れてはきたものの、やはり対面でのコミュニケーションとは本質的な違いを感じる人は多いはずだ。私たちは無意識のうちに言葉以外に膨大な情報を五感でやり取りしており、オンラインではそうした情報のかなりの部分が遮断されるからである。

口達者な指先

 「こんなに頭の回転が速くて、口の達者な人はいない」。福島さんのことを誰かに紹介するとき、私はそんな表現をしているが、単なる理論派とは違う。

 インタビューで私が「この先やってみたいことは何ですか? 総理大臣なんてどうですか」と水を向けると、福島さんは「それよりも宇宙人とコンタクトする時の地球代表になりたい」と答えた。何も見えず聞こえなくても、指先のコンタクトだけでコミュニケーションできる人ならば宇宙人ともやり取りできるのではないかという。

 「笑わせてなんぼ」のサービス精神かと当時は受け流したが、情という見えないものによって支配された人間のコミュニケーションの本質をファンタジーと皮肉にくるめて言っているように今は思える。ユーモアと暗示が福島流コミュニケーションの粋なのである。

ニューヨークでの語らい

 福島さんとの距離がグッと縮まったのは11年秋、米国ニューヨークで長時間にわたってワインを飲んでからだ。

 「オーティズム・スピークス」という自閉症を支援する非政府組織(NGO)のニューヨークの本部を私が訪れた際、たまたま当地に滞在していた福島さんから「ワインのおいしい店があるのだけど、行きませんか?」と誘いのメールをもらった。「私は見えないし聞こえないけれど、味はわかると思うんです」

 5番街にある「alfred」という名のレストランが待ち合わせ場所だった。ロックフェラーセンタービルのすぐ近くにある。国連総会が開かれている週だったせいか、街角には制服姿の警察官があちらこちらで見られた。

 午後6時少し前に店に着いた。ケネディ大統領が来店したときの写真が壁に貼ってある。「Mr.フクシマ」の名を告げると店員が奥のテーブルへ案内してくれた。ろうそくの火がテーブルの上で揺れている。福島さんは指点字の通訳の女性らとすでに席に着いていた。

 会話をICレコーダーで録音し、後から文章に起こして、それをもとに原稿を書こうと思っていた。しかし、4~5時間は飲み続けていたので、後で録音を聞くとよく意味のわからないところが多く、ろれつも回らない自分の声に恥ずかしくなった。

 ところが、福島さんの話は深い意味を含んだ言葉が随所に出てくる。見えない・聞こえないという沈黙と暗闇の世界の中で思考と言葉が熟成されているような感じがしてくる。光と音がない世界にいるからこそ感じられるものがあり、生まれる言葉があるのかもしれない。

「指点字」が外の世界の扉を開く

 福島さんは9歳で目が見えなくなった。聴力を失ったのは18歳のときだ。当時のことを著書の中でこう記している。

 <ただ残ったものは、海の底の音のようないく種もの耳鳴りだけだった。日記を書き、読書に没頭し、なんとかして気を紛らわそうとした。

 でも、その結果は寂しさを募らせるだけだった。「私」という人間がこの世界に存在しているのだという自覚が、失われていくように思われた。限定のない真空の中で、私は半ば死にかけている自分の精神を感じ、いいしれぬ恐怖感に襲われたものだった>

 死にかけた精神に生命の息吹を与えたのが「指点字」である。母が何気なく福島さんの手を取って点字のキーに見立てて試したのが始まりだった。両手の人さし指から薬指までの計6本の指を点字の六つの点にたとえ、話し手が点字タイプのキーのように軽く指先でたたいて情報を伝える。

 独自のコミュニケーションを手に入れた福島さんは、盲ろう者として初めて大学(東京都立大学)に入学し、金沢大学教育学部教授、東京大学先端科学技術研究センター准教授を経て同教授になった。世界で初めて常勤の大学教員となった盲ろう者として2003年に米国の週刊誌TIME誌で「アジアの英雄」に選ばれた。

 指点字というコミュニケーションが盲ろうの重複障害を持った少年の人生を大きく花開かせることになった。もしも指点字がなかったら、福島さんは家族や友人ら近しい人々以外には知られることのない人生を歩んでいたに違いない。

「いのち」のコミュニケーションを可能にする存在

 指点字には<いのち>が宿っていると福島さんから聞いたことがある。

 社会的な存在としての人間にとってコミュニケーションは生命そのものといえる。そして、指点字は盲ろう者だけのものではなく、むしろ通訳者が重要な役割を演じていることを見落としてはならない。

 コミュニケーションは、言葉で表す意味のやり取りだけでなく、その場の「空気」や感情の交流が重要な要因だと述べた。それは指点字の通訳者においても同じだ。

 福島さんの絶妙なジョークはその場にいる人を笑わせる。しかし、周りにいる人が笑っていることを通訳者が伝えなければ、福島さんはわからない。どのように笑っているかによっても意味が微妙に異なる。

 よく見ると、人々が爆笑していると通訳者は福島さんの指の上で力強く自分の指を弾ませる。クスクス笑っていると、小さく指先を揺らす。あたかも通訳者の指先が笑っているようだ。微妙な感情を指先が繊細に表現していることがわかる。

 その場の空気や相手の感情がコミュニケーションの重要な要素であるならば、それを伝える通訳者の指先は<いのち>そのものだ。

 ニュ…

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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。