「五月病」という言葉は、いつ頃から使われ出したのでしょう。

 私が小学生の頃には、もう耳にしていたような気がします。1968年にサイケデリック、ハレンチなどの言葉とともに流行語となり、69年には「現代用語の基礎知識」に社会風俗用語として初めて掲載されたということです。一説によると、発生源はどうやら東京大学らしく、学内文書に使われたこの言葉をマスコミが取り上げて広まったとか。

 68年、昭和43年といえば「少年ジャンプ」が創刊された年。同誌で連載を開始した永井豪の「ハレンチ学園」は、少年漫画シーンに旋風を巻き起こしました。当時、私は小学校5年生、「五月病」なる言葉より「ハレンチ」の方に敏感に反応したことは言うまでもありません。

 それから半世紀、今では「五月病」は「広辞苑」に載るまでに出世しました。その第7版にはこう書かれています。

 「四月に新しく入った学生や社員などに、五月頃しばしば現れる神経症的な状態」

 うーん、ちょっとモニョる。医学的に言えば、こんな病名はないので病気も存在しないことになるのですが、「神経症的な状態」というのは「病気」と呼んでよいのか悪いのか。具体的にはどういう状態をこのように称しているのでしょうか。

いわゆる五月病、その経過と転機

 五月病は、なにより「五月」であることに意味があります。なぜなら、日本では4月に会社や役所や学校が新年度を迎え、5月にゴールデンウイークがあるからです。

 「広辞苑」にあるように、4月に入学したての大学生や就職したての新入社員が、5月の連休明けぐらいから次第に体調を崩したり気力をなくしたりして学校や職場に出られなくなる。新しい環境に適応すべく頑張ってきた、その緊張が連休を境にフツッ……と切れるのでしょう。こういう状態を俗に「五月病」と呼んでいるわけです。

 厚生労働省のホームページ…

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明治大学子どものこころクリニック院長

やまと・ひろゆき 明治大学子どものこころクリニック院長。同大文学部心理社会学科特任教授。1957年東京都生まれ。精神科医、医学博士。専門は児童青年期の精神保健。おもな著書に「子どものミカタ」(日本評論社)、「母が認知症になってから考えたこと」(講談社)、「芝居半分、病気半分」(紀伊國屋書店)、「世界一やさしい精神科の本」(斎藤環との共著・河出文庫)など。