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“親ガチャに外れた”子たちの葛藤 調査で浮き彫りになる「貧困層」の実態

渡部達也・NPO法人ゆめ・まち・ねっと代表
 
 

 内閣府が昨年12月に公表した「子供の生活状況調査の分析」報告書は、子どもの貧困について初めて全国規模で実施した調査のデータが示されています。世帯収入の水準が低い「貧困層」の子どもで「授業が分からない」と答える割合が高く、「ひとり親家庭」では成績下位の割合が半数に上りました。自分で親を選べないことを表す「親ガチャ」という言葉が注目されるいま、“当事者”の子どもたちはどのような葛藤を抱えているのでしょうか。こうした子どもたちとの関わりを持ち続けるNPO法人「ゆめ・まち・ねっと」代表の渡部達也さんが報告します。

就学援助を受けながら小学校に通うキョウコ

 「おっ、キョウコ、うまいねぇ。これで、みんな、空き缶をちゃんとゴミ箱に捨ててくれそうだね」

 「でしょ、でしょ! でも『あきかん』って漢字が分からなかったから、カタカナ(笑い)」

 「いいよ、いいよ。カタカナのほうが分かりやすい」

 子どもたちに自由な外遊びの環境を提供している「冒険遊び場たごっこパーク」で、妻と小学5年生のキョウコがそんな会話を交わしていました。空き缶入れに使っていたバケツに、子どもたちがちゃんと空き缶を捨てるようにと、キョウコがイラスト入りの表示を描いてくれたのです。

 母子家庭で暮らすキョウコは、就学援助を受けながら学校に通っていました。就学援助とは、経済的な理由などから子どもの義務教育に支障があると認められる家庭に対して、自治体が学用品費や給食費、クラブ活動、修学旅行費などを援助する制度です。

 「ワタシ、家で勉強とかしないから、漢字とか計算とか、全然できないんだよね……」

 キョウコが寂しげな表情でそうつぶやきました。

 「まぁ、高校とか行く気ないから、いいんだけどねえ(笑い)」

 悔しさやあきらめを押し殺すかのように、おどけた感じで言葉を続けました。

「高校とか、行ってみたかった」とつぶやくヨシオ

 妻が「たごっこパーク」で川遊びをする子どもたちを見守っていると、隣に17歳のヨシオが座ってきました。

 「子どもっち元気だねぇ」

 「ヨシオもあんなだったよ」

 「まぁね」

 しばらくたわいもない話題で談笑していましたが、不意にヨシオが真顔になり、つぶやきました。

 「会社でさぁ、『お前、障害があるから、病院で診てもらえ』って言われたんだけど、発達障害とか、オレ、あるのかなぁ」

 「なんでそんなこと言われたんだろね」

 「まぁ、高校も出てないし、確かにバカだから、そう言われたんじゃね」

 「中卒で総理大臣になった人とか、億万長者になった人とか、いるけどねぇ」

 「ハハ(笑い)。オレはなれねぇけど、でも、高校とか、行ってみたかったなぁ。トシヒロがA高とか、マサシがB高とか聞くと、アイツらで入れるんだから、オレも入れたんじゃねぇかなって思うんだ(笑い)」

 「お母さんは受験の頃、何か言ってたの?」

 「うん。うちは(A高校やB高校のような)私立なんか行かせる金、ないよって」

 「今はいろいろ支援制度もあるんだけどねぇ……」

 「まぁ、県立(高校)に行く頭がなかった自分のせいだから、しょうがないよ」

 ヨシオもまた、母親との2人暮らしで、就学援助を受けていました。

父からの経済的自立を望むノリユキ

 僕が「たごっこパーク」を開催している公園の草刈りをしていたら、高校生のノリユキが寄ってきまし…

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NPO法人ゆめ・まち・ねっと代表

わたなべ・たつや 1965年静岡県三島市生まれ。茨城大卒。88年静岡県庁入庁。児童相談所ケースワーカーや大規模公園「富士山こどもの国」の設立・運営、国体および全国障害者スポーツ大会の広報などに携わる。「まちづくり」という夢を追い求め、2004年に16年余り勤めた県庁を退職。同県富士市に移住し、同年秋、妻・美樹と共にNPO法人「ゆめ・まち・ねっと」を設立。空き店舗を活用した放課後の居場所「おもしろ荘」や地元の公園と川で自由な遊びを楽しむ「冒険遊び場たごっこパーク」、「0円こども食堂」などの開催を通じて、子どもの遊び場づくり・若者の居場所づくりに取り組む。里親として虐待を受けた子どもの社会的養育にもかかわっている。愛媛県松前町が創設し「義農精神」(利他の精神)を体現する活動に取り組む個人・団体を表彰する第1回「義農大賞」など受賞多数。 著書に「子どもたちへのまなざし-心情を想像し合い 積み重ねてきた日常 切れ目のない関係性-」(エイデル研究所)。