人生なりゆき~シニアのための楽しい生き方・逝き方

がん治療の発達がもたらした「罪」

石蔵文信・大阪大学招へい教授
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 私の父は親族と一緒に始めた自営の仕事で70歳近くまで働き、その後、引退して家に引きこもるようになりました。あまり趣味のなかった父は次第に活気がなくなり、毎日のように「死にたい」と言うのです。

 そして多くの高齢男性と同じように、認知機能が落ちて、寝たきりとなりました。

 当時、認知症という概念はありませんでしたが、おそらく認知症をきっかけに寝たきりになったと私は推測します。寝たきりになってもしばらくの間は流動食のようなものを食べていましたが、徐々に体が弱り、何も受け付けなくなりました。

 高度な栄養補給ができない時代でしたので、そのまま見守るしかありません。近所の医師に時々診察を受けながら、眠るように旅立っていきました。

 あまり医療が発達しておらず、無理な延命治療を受けなかったからこそ平穏な旅立ちができたと思います。

「諦める」ことが難しくなってきた

 今やがんに対してもさまざまな治療法が開発され、簡単に諦めるということができなくなっています。

 私の前立腺がんも全身の骨に転移しているのが見つかったときには、半年は持たないと覚悟しましたが、さまざまな治療法により、いまだにある程度生活ができる状態になっています。そして新たに放射線治療を受けることにもなりました。

 このようにがんの治療が発達すると、医師の私でもどの時点で諦めたらいいのかよく分かりません。ましてや一般の方が、新しい治療法で何とかなるのではないかと考えるのは当たり前のことでしょう。

 しかし…

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石蔵文信

大阪大学招へい教授

いしくら・ふみのぶ 1955年京都生まれ。三重大学医学部卒業後、国立循環器病センター医師、大阪厚生年金病院内科医長、大阪警察病院循環器科医長、米国メイヨー・クリニック・リサーチフェロー、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻准教授などを経て、2013年4月から17年3月まで大阪樟蔭女子大学教授、17年4月から大阪大学人間科学研究科未来共創センター招へい教授。循環器内科が専門だが、早くから心療内科の領域も手がけ、特に中高年のメンタルケア、うつ病治療に積極的に取り組む。01年には全国でも先駆けとなる「男性更年期外来」を大阪市内で開設、性機能障害の治療も専門的に行う(眼科イシクラクリニック)。夫の言動への不平や不満がストレスとなって妻の体に不調が生じる状態を「夫源病」と命名し、話題を呼ぶ。また60歳を過ぎて初めて包丁を持つ男性のための「男のええ加減料理」の提唱、自転車をこいで発電しエネルギー源とする可能性を探る「日本原始力発電所協会」の設立など、ジャンルを超えたユニークな活動で知られる。「妻の病気の9割は夫がつくる」「なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか エイリアン妻と共生するための15の戦略」など著書多数。