漢方ことはじめ

夏至の夜の夢 眠りと漢方

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
  • 文字
  • 印刷
 
 

 患者さんが「眠れない」と訴えるとき、たいていの医者、特に不眠症は専門外という医者はそっけない態度をとりがちです。多忙な医者ほど、寝る間も惜しんで仕事をしてしまい、睡眠不足になっていることが多く、「どこででも寝られる」「一瞬で眠りに落ちる」などと変な自慢をするやからもいます。

 そんなタチの人間には、横になってもまんじりともせず寝返りばかり打ってつらい、という悩みは「ぜいたくな悩み」と映ってしまうかもしれません。「睡眠不足で死ぬということはないのだから……」などと慰めにもならない言葉を投げつけられたという患者さんもいらっしゃるのではないでしょうか。

 医者の立場から一つ言い訳をさせてもらうと、不眠症の治療は独特の難しさがあり、それは「眠れるようになればそれでよい」だけではないケースがかなり多いという点にあります。肩こりや腰痛、風邪の治療であれば、痛みや発熱といった不快な症状がなくなれば患者さんは満足してくれますが、不眠症は事情がやや異なります。

 極端な例を挙げると、マイケル・ジャクソンは強い不眠に悩んだ末、主治医に全身麻酔薬を投与され、呼吸が止まって亡くなった、という事件があります。眠るために命を落としてしまうなど、あってはならないことですし、マイケル・ジャクソン本人にとっても、このような形の結末はきっと不本意だったことでしょう。一度、全身の力を抜いて、しっかりとリラックスしてコリや痛み、倦怠(けんたい)感から解放されたい、そしてスッキリと目覚めて充実した体調で一日の始まりを迎えたい……彼が本当に望んだのはそういうことだったのではないでしょうか。

 ただ残念ながら、睡眠薬というものは必ずしもそういった望みをかなえるものではありません。効き目がマイルドだと眠るまでにひどく時間がかかったり、眠りが浅くて夢見が多く、朝起きても昨日の疲れを引きずっているように感じられたりすることもあるでしょう。

 また麻酔薬は深い昏睡(こんすい)状態に導きますが、全身麻酔を経験された方が「あーあ、よく寝た!」と言って麻酔から覚めることはほぼ皆無のように思われます。たいていは「あれ? もう終わったの?」という反応です。麻酔にかかっている人の意識では、…

この記事は有料記事です。

残り1792文字(全文2716文字)

津田篤太郎

NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。