令和の幸福論

「わかりにくい文章」の裏側にあるものとは   スローコミュニケーションの試み/3

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
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聴覚障害者がタブレット端末に映し出された手話通訳者を介して市職員に意思を伝えることができる=2022年4月、反田昌平撮影
聴覚障害者がタブレット端末に映し出された手話通訳者を介して市職員に意思を伝えることができる=2022年4月、反田昌平撮影

 障害のある人に限らず、情報を得たり、コミュニケーションしたりする手段や機会が増えても、文章そのものがわかりにくければ、情報格差解消とはなりません。理解できないのは、勉強不足や知的レベルのせいでしょうか。野澤和弘さんは、わかりにくい文章に潜む閉鎖性、排他性に警鐘を鳴らします。

情報格差解消を目指す法律が成立

 障害のある人が日常生活や災害時に必要な情報を得られるように支援し、「情報格差」をなくすことを目指した法律が5月に成立した。「障害者情報アクセシビリティー・コミュニケーション施策推進法」である。さまざまな分野の法律で関連するものをこの法律に合わせて改正し、財政面でも十分にバックアップするよう政府に義務付けた。

 障害者に対する差別をなくす法律としては、2016年に施行された障害者差別解消法がある。車いすの人のために段差をなくす、エレベーターを設置するといった物理的なバリアーをなくすことは取り組まれてきたが、情報やコミュニケーションはまだ道半ばといえる。

 あらゆる問題を解決する前提であり、あらゆる合理的配慮の土台。それが情報やコミュニケーションだ。いくら法律ができたところで、それを障害者や国民が知らなければ何も始まらない。きちんと理解していなければ十分に活用もできないだろう。

 そういうことを考えると、今回の障害者情報アクセシビリティー・コミュニケーション施策推進法の重要さはどれだけ強調してもし過ぎることはない。必要な場面で手話や字幕、点字の提供などが飛躍的に広がることが期待されている。

「わからない」を浮き彫りにする障害者

 ただ、その前にもっと大事なことがある。

 文章そのものを「わかりやすく」することだ。手話や点字なども必要だが、もとの文章がわかりにくく意味不明なものであってはどうしようもない。知的障害のある人にとって難解な文章は、バリアーだらけの道を車いすで通るように言われているのと同じだ。

 ところが、この点について、政府や公的機関はまるで無頓着といえる。障害者福祉や差別解消について議論する審議会や検討会で、知的障害者への情報やコミュニケーションの配慮を私は何度か訴えたが、無関心なのか、どのように理解していいかわからないのか、まったく施策にはつながらない。意味がないとは思っていないはずなのだが、この問題はずっと置き去りにされている。

 ことは障害者だけではない。一般の人々にとっても情報アクセシビリティーは重要だ。ふだん私たちがなんとなくわかっているつもりで流していることの中に重要なものが含まれていたりする。障害者はなんとなく流すということができないので、「わからない」ことが浮き彫りになって見えやすくなる。こういうことはよくあって、障害者がきっかけとなって働く場の改善が進んだり、利用者全体に利便性が広がったりしてきた。

 多様性のある社会の土台にはわかりやすいコミュニケーションがなくてはならない。わかったつもりでいることをもう一度見直し、すべての人にわかりやすい情報、やさしいコミュニケーションを追求していくべきだと思う。

まるでSF?「骨太の方針」を読む

 中央省庁の官僚が作る行政資料の難解さは今に始まったことではない。どこからどのように突っ込まれても耐えられるようなスキのない文章を書くことを日常的に強いられているせいか、硬くてぎっしり要素が組み込まれた、独特な文章にお目にかかることがよくある。わかりやすい平易な文章を用いることの意味がわからず、耳慣れない専門用語や高尚な言い回しを使うことに酔っているのではないかとさえ思ってしまう。

 政府が6月に閣議決定した22年度の「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)がそうだ。国民にとって経済や生活に関する重要なことなのだが、時事的な問題や行政用語になじんでいない人にはとてもわかりにくい。

 「我々はこれまでの延長線上にない世界を生きている」とSF小説を思わせるような表現が第1章の冒頭から始まる。

 「世界を一変させた新型コロナウイルス感染症、力による一方的な現状変更という国際秩序の根幹を揺るがすロシアのウクライナ侵略……」と続くので、「延長線上にない世界」とは、誰もが予想しなかった地球規模の重大な出来事が次々に起きているということを比喩的に言っていることがわかる。

 「力による一方的な現状変更」とは、戦車やミサイルなどの武器で力の弱い国を一方的に攻撃し、侵略して自分の国の領土にしてしまうロシアの行為を非難する時に使う慣用句だ。民主的な話し合いや外交交渉を無視して他国の領土を占領し、国境線を変えてしまうことを抽象的に表しているのだが、政治や国際情勢の話題に疎い人には何を言っているのかわからなくても不思議ではない。

冷静さ欠いた文章の背景にあるもの

 「骨太の方針」はこう続く。

 「権威主義的国家による民主主義・自由主義への挑戦、一刻の猶予も許さない気候変動問題など我が国を取り巻く環境に地殻変動とも言うべき構造変化が生じるとともに、国内においては、回復の足取りが依然脆弱な中での輸入資源価格高騰による海外への所得流出、コロナ禍で更に進む人口減少・少子高齢化、潜在成長率の停滞、災害の頻発化・激甚化など、内外の難局が同時に、そして複合的に押し寄せている」

 「権威主義的国家」とはロシアだけでなく中国や北朝鮮のことも暗に指しているのだろう。それはいいとして、「気候変動」「地殻変動」「構造変化」と立て続けに大仰な言葉が出てくるのはどうだろう。さらには「停滞」「災害の頻発化」「激甚化」「難局」とマイナスイメージの言葉を畳み掛けてくる。大変な危機が日本に押し寄せてくることを強調するために、熱量の高い言葉を選んでいることが伝わってくるが、これでは読んでいるだけで胃もたれしそうだ。

 なぜこんなに危機感をあおるのかと言えば、防衛力を大幅に増加するためであろう。ヨーロッパや中国がガソリン車を廃止すると日本経済を支えてきた自動車産業が大打撃を受けるので、クリーンエネルギー分野へ今後10年間に150兆円超の投資を実現したいという事情もある。

 ただでさえ国の借金(普通国債残高)が1000兆円を超えるのに、こんなに出費を増やしていいのかという声は財務省を中心に強い。そうした批判を抑えるために、日本がいかに危機的な状況に直面しているのかを強調する必要があるのだろう。

 それにしても、こうした事情をよく知らない人が読んだら、この文章は冷静さを欠いた檄(げき)文のように感じられるのではないか。

仲間内のコミュニケーションの弊害

 わかりにくい、難しい、と口を酸っぱくして言い募ったところで、官僚や政治家の人たちにはあまり響かないだろう。何を言われているのか理解できず、わからない人たちの勉強不足や知的レベルのせいだと思うかもしれない。

 そこに問題の深刻さがある。

 もう一度考えてみてほしい。「輸入資源価格高騰による海外への所得流出」などという言い方は庶民の日常会話の中には絶対に出てこない。政治や経済に関する新聞記事をある程度読んでいる人も一瞬、頭の中で整理してからでなければ理解できないのではないか。

 石油や小麦など輸入品の値段が上がり、数十年ぶりの円安もあって、貿易の赤字が続いている。国民の生活や企業活動にも深刻な影響が出ている。国政にあずかる中央官僚や国会議員たちは毎日こうした問題に頭を悩ませ、打開策を論じている。だから、わざわざ説明しなくても「輸入資源価格高騰による海外への所得流出」とギュッと短く凝縮した言葉を使えば全体状況について共通の理解を図ることができる。むしろ、くどくど説明すると時間がもったいないばかりか円滑なコミュニケーションが阻害される。いわば「記号」として縮めた言葉を使う方が便利なのである。

 ただし、それをすんなり理解できるのは官僚や議員、政府の審議会や検討会の委員を務める人々、担当の新聞記者くらいのものだということはわかっておいた方がいい。

 言葉というのは、限られた仲間内だけでコミュニケーションしていると、次第にその仲間だけで通じるものになるという慣性を持っている。外部の人々にはよくわからないものになり、意図しなくても結果として疎外や排除が生じる。

 仲間内での議論の内容が複雑で難しいほど、議論の熱中度が高くなるほど、排他性は強まり、仲間内の当事者たちはそれに気づけなくなる。

 行政や法律の文章に見られる特有の難解さは、「閉じられた」職域のエリートたちが仕事熱心さのあまり自らの専門性に没頭して自然と作り上げた特殊な言語文化なのである。

なぜ方言はなくならないのか

 官僚や政治家だけの問題ではない。

 同じ時代に、同じ国で、同じ公教育を受け、同じようなテレビ番組を見ている私たちには、無意識のうちに共通の認識が植えつけられている。「共通認識」があるがゆえにいちいち、くどくど説明しなくても円滑で素早いコミュニケーションが成り立っている。

 集団の中で「共通認識」を素早くつかんで楽しい話題を提供し、集団の考えをまとめることができる人は自然に影響力を持つようになる。いわゆる「空気を読む」ことのできる力である。逆に、それができないと、仲間外れやいじめの対象になることがある。

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野澤和弘

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。