「ピンピンコロリ」という言葉がはやったことがありました。ピンピンと元気で過ごし、ある日突然コロリと死ぬのが理想だということです。しかし、人生100年時代と言われる今日、医療保険が整備された日本で、現実的な希望ではありません。そもそも、健康に気をつけた生活をしていれば、病気が早く見つかってしまうので、事故以外の方法で、コロリといくのはとても難しいのです。もちろん、不摂生をしていれば加齢とともに体のあちこちに不具合が出てきますから、ピンピンと生活することは不可能です。今回は、これまでの話を基礎として、高齢社会の生き方、社会の在り方について考えてみようと思います。

老化とは

 医学的に定義すると、老化とは、個体が成熟したのち、個々の臓器の機能低下及び生体全体の統合機能の低下が起こり、その結果、個体の恒常性が維持できなくなり、やがて死に至るプロセスであるということになります。読むだけで気鬱になります。

 私は今年の4月に70歳を迎えました。私の生活にも老化の影響は確実に起こっています。私は、平地を歩くスピードは若い人に負けません。しかし、駅の上り階段でハイヒールを履いた若い女性に追い越されることがあります。平地を歩く筋肉は維持されているけれど、それ以外の筋肉は確実に老化しているのです。

 老化しているのは筋肉だけではありません。酸素を取り入れる肺、酸素を運ぶ血液を送り出す心臓の効率も悪くなっているので、若い人と張り合って階段を駆け上ったりすれば、ハーハー、ドキドキが長引きます。

 もう一つ、身体の老化について感じるのは、無理がきかなくなったということです。67歳の時、風邪をこじらせ、肺炎になりました。それまで、風邪なんていうものは、病気のうちにも入らないと思っていました。この時、内科の先生に、免疫が老化しているのだから、これからは些細(ささい)な風邪でもしっかり休めと注意され、以後、それを実践しています。免疫は、老化の定義で述べた、個体の恒常性維持に重要な役割を果たしています。ちなみに、高齢者が熱中症になりやすいのも、身体の恒常性維持の能力が低下しているためです。

注意力、記憶力……日常生活で感じる老化

 先日、学会出張で福岡に泊まりました。自宅では普段、1回しか中途覚醒がないのに、3回覚醒しました。睡眠、覚醒のリズムが老化し睡眠の質が劣化しているのです。

 睡眠は全般に浅くなり、疲れをとる効率が低下します。長く寝たのにすっきりしない、疲れているのに熟睡できないというのも同様の老化現象です。

 私は、暇な時には時代劇やサスペンスドラマを見ています。以前は妻の話を聞きながらテレビを見ることができましたが、今はできません。妻の話に注意を向けるとドラマの筋が分からなくなり、テレビに向けた注意を維持すると、妻の話が右から左に抜けてしまい、「あなたは、私の話をちっとも聞かない」と家庭内争議のもとになります。これは注意の老化が起こっているからです。

 私たちは普段、周囲で起こるたくさんの現象に注意を払いながら、自分にとって重要な事象により深い注意を向けます。

 しかし、そこに、予測していない重要な出来事が起こったら、いったん、今まで集中していた事象への注意を軽くして、新しい事態に対応しなければなりません。年をとると、こういうことがスムーズにできなくなります。

 ドラマの筋、妻の話、一つずつなら注意を集中することはできますが、両方に適当に注意を分配できないのです。自動車試験場では完璧な運転ができる高齢者が、交通量の多い街中で交通事故を引き起こしてしまうのもこれが原因です。

 記憶や仕事の面でも老化による変化を日々実感しています。病棟での申し送りで、スタッフから頼まれたことはメモするようになりました。メモしておかないと、取りこぼしが出るのです。一度にあれこれ言われるとだめです。最近では、病棟スタッフも心得たもので、電子カルテの入力を操作している私のそばに来て、「先生、お話ししてもよいでしょうか」と注意を引き付け、メモ帳を取り出すのを待って用件を話してくれます。

 仕事についても、最近、締め切りが迫った原稿などを書いていて、「明日にしよう」というあきらめが早くなりました。食事の時刻、就寝の時刻を変更してまで頑張ろうという気にならないのです。これは、体力、気力の老化です。

認知症予防は可能か

 認知症や身体フレイルで要介護状態にならないように予防しよう、みんなで健康な老後を実現しよう、というスローガンに反対する人は誰もいないでしょう。しかし、私は、強い違和感を覚えます。こういうスローガンは、認知症になった人、身体疾患で要介護状態になった人に対して、無意識に障害はあなたの不摂生のせいだと言っているようなものだからです。

 高齢者に対して、終末期に、積極的な医学的治療は放棄するという意思をあらかじめ明示するよう求める風潮は、一種の優生思想だと私には思えます。「終末期」という言葉はとても抽象的で、人によって、時によって全く異なります。すべてを一緒にして議論できる問題ではないのです。

 さて、認知症の予防について考えてみましょう。認知症といっても原因となる疾患によってさまざまなので、ここでは、高齢者の認知症で最も一般的なアルツハイマー型認知症について考えます。

 予防には、健康な人が病気にならないようにする1次予防、病気になってしまっても早く見つけて早く介入することによって重症化を防ぐという2次予防、社会復帰や再発予防などの3次予防に分けられます。2次、3次予防は医療、介護制度の問題なので、ここでは1次予防、つまり、80歳、90歳になってもアルツハイマー型認知症にならないようにすることが可能か、というテーマでお話しします。

認知症のリスクを下げる要因とは

 これまでさまざまな研究で、アルツハイマー型認知症のリスクを上げる要因が明らかになっています。遺伝的要因、加齢、生活習慣(運動不足、肥満、喫煙、過度の飲酒など)と生活習慣病(高血圧、糖尿病など)、うつ病、頭部外傷、貧困や孤独等です。一方、発症リスクを下げる要因としては、高い教育レベル(教育歴)、野菜・果物、魚、低カロリー食、身体運動、知的・社会的活動などが挙げられています。

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東京都立松沢病院名誉院長・精神科医

私は、サンフランシスコ講和条約の年に千葉県船橋市で生まれた。幼稚園以外の教育はすべて国公立の学校で受け、1980年に東京大学医学部を卒業して精神科の医師となり、40年を超える職業生活のうち26年間は国立大学や都立病院から給料をもらって生活してきた。生涯に私が受け取る税金は、私が払う税金より遙かに多い。公務員として働く間、私の信条は、医師として患者に誠実であること、公務員として納税者に誠実であることだった。9年間院長を務めた東京都立松沢病院を2021年3月末で退職したが、いまでも、私は非常勤の公務員、医師であり、私の信条は変らない。