共に生きる~子育ちの現場から

「やりたいこと浮かばない……」若者が語り始めた貧困と虐待 出会った居場所

渡部達也・NPO法人ゆめ・まち・ねっと代表
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自宅をリノベーションして開設した居場所「みんなの家むすびめ」の自習スペース=筆者提供
自宅をリノベーションして開設した居場所「みんなの家むすびめ」の自習スペース=筆者提供

 先月半ば、NPO法人「ゆめ・まち・ねっと」(静岡県富士市)が開く居場所に若者たちが集まり、あるドキュメンタリー番組を見たのをきっかけに生い立ちを語り始めました。母親が結婚と離婚を繰り返し、引っ越しも多かったという青年は「やりたいことが浮かばない」「子どもの頃は友だちもいなかった」と打ち明けます。内閣府の調査でも「貧困層」や「母子世帯」の子は情緒や仲間関係の問題を抱えやすいことが明らかになっています。来年4月に発足する「こども家庭庁」は、子どもの居場所づくりにこれまで以上に取り組むとしています。生きづらさを抱えきれなくなった子どもたちが利用したいと思う居場所をどれだけ増やしていけるのか――NPO代表の渡部達也さんが問いかけます。

「何も考えないようになった」ある若者の語り

 「なんか、この先、やりたいこととか、何にも浮かばないんだよね……」

 僕と妻が自宅をリノベーションして開いている「みんなの家むすびめ」に仲間数人とともにくつろぎに来た若者、キョウスケがふいにそんなことを口にしました。

 いつもは他愛もない話をすることがほとんどの若者たちが、この日は自分の生い立ちについて話を交わしました。きっかけは、若者の一人が無差別殺傷事件の深層に迫ろうとするドキュメンタリー番組の映像をスマートフォンで見始めたことでした。番組に登場した、加害者となった若者たちの生い立ちや事件前の境遇に、ある種の共感を示す若者たち。キョウスケはこんな話をしてくれました。

 「オレが小3の時、母さんがほんとに急に『今一緒にいるお父さんはキョウスケの本当のお父さんじゃないんだよ』って言ってきて。妹のお父さんだけど、オレのお父さんじゃないって」

 「どういうこと?」

 仲間が尋ねます。

 「小さい時からいたから、フツーに自分の父さんだと思ってたら、母さんの再婚相手で、妹はその人との間に生まれたけど、オレは前の父さんの子ってこと」

 「あーなるほど」

 「で、5年生の時に母さんが離婚して、今度はオレの父さんが一緒に住むようになって」

 「微妙だねぇ」

 「うん。しかも、酒癖がめちゃ悪くてさ。酔っ払うと母さんにめちゃくちゃ言ったり、気に入らないと暴力振るったり。オレも父さんを怒らせないようにびくびくしながら過ごしてたね。でも結局、オレが中2の時にまた離婚」

 中学を卒業すると、学費と生活費を稼ぐために働きつつ、定時制高校に通っていたというキョウスケ。今度は僕が尋ねます。

 「働き始めてもうかれこれ15年になるでしょ。高校もちゃんと卒業したし。頑張り続けられた原動力は何?」

 「うーん……。頑張り続けたって感じでもなく……。高校は定時(制)だから、行けば夕飯が食べられるってのが大きかったかなあ。あと、中学の時と違って、面倒見のいい先生が多かったから。仕事はとくにやりがいがあるわけでもないし……でも辞めるのも面倒くさいし、次の仕事を見つける自信も全然ないしね……」

 そう言って、冒頭の言葉をつなぎました。

 「なんか、この先、やりたいこととか、何にも浮かばないんだよね……」

 「さっきの(無差別殺傷事件の)映像とか見てて、思うこととかある?」

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渡部達也

NPO法人ゆめ・まち・ねっと代表

わたなべ・たつや 1965年静岡県三島市生まれ。茨城大卒。88年静岡県庁入庁。児童相談所ケースワーカーや大規模公園「富士山こどもの国」の設立・運営、国体および全国障害者スポーツ大会の広報などに携わる。「まちづくり」という夢を追い求め、2004年に16年余り勤めた県庁を退職。同県富士市に移住し、同年秋、妻・美樹と共にNPO法人「ゆめ・まち・ねっと」を設立。空き店舗を活用した放課後の居場所「おもしろ荘」や地元の公園と川で自由な遊びを楽しむ「冒険遊び場たごっこパーク」、「0円こども食堂」などの開催を通じて、子どもの遊び場づくり・若者の居場所づくりに取り組む。里親として虐待を受けた子どもの社会的養育にもかかわっている。愛媛県松前町が創設し「義農精神」(利他の精神)を体現する活動に取り組む個人・団体を表彰する第1回「義農大賞」など受賞多数。 著書に「子どもたちへのまなざし-心情を想像し合い 積み重ねてきた日常 切れ目のない関係性-」(エイデル研究所)。