街のお坊さん 生と死を語ります

いのちを積み木でたとえてみると

星野哲・ライター/立教大学社会デザイン研究所研究員
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いのちの積み木をくみあげる井上広法さん=筆者撮影
いのちの積み木をくみあげる井上広法さん=筆者撮影

 街のお坊さんが生と死を語る企画の第5回は、宇都宮市・光琳寺住職の井上広法(こうぼう)さんです。「いのち」のつながりの不思議を実感してもらおうと、「いのちの積み木」を使った講演などで全国を飛び回ります。

家系図を積み木で表す――宇都宮市・光琳寺(浄土宗)住職 井上広法さん

 ――「いのちの積み木」を考案して広めていますね。

 ◆「ご先祖様」といいますが、目には見えません。どうしたら「いのち」のつながりをわかりやすく伝えられるだろうかと考えていた時、ふっとひらめいたのが、「家系図を積み木で作ってみたら」でした。4代前の「ひいひいじいちゃん・ばあちゃん」を一番下にして16本の積み木を立て、その上に曽祖父母として8本、さらに祖父母、両親と続いて一番上の5段目に1本だけ立てるのが自分を表します。

 星野さんであれば、例えばお父様のお名前の方からずっと星野が続いていたとすると1本のラインは「星野家」ですが、それ以外のラインの人たちは星野さんじゃなかったりしますよね。例えば「ひいひいばあちゃん」になると名字も名前もお墓もどこにあるか知らないし、どんな人かも全くわからなくないですか。でも、この人がもしもいなかったとして、この積み木を引っこ抜いてみるとどうでしょう? 下の段のうちの1本でも欠ければ、上は崩れてしまいます。

 頭ではわかっていても、実際に抜くとガラガラと音を立てて崩れます。自分がもう立っていないだけでなく、ほかの関係する人たち、ひいばあちゃんやおじいちゃんたちも一緒に消えてしまいました。でも、このひいひいばあちゃんに直接関係なかった人は残っているんです。僕らの「いのち」はいろいろな人たちとの縁の中で結びついてできているということが、この積み木からもわかりますよね。私の命は実は私の命ではなく、私たちの命だっていうことなんです。

先祖を掘り下げる意味とは

 ――視覚的にインパクトがあってわかりやすいですが、それだけで生きる意義みたいなものを感じることができるものでしょうか?

 ◆積み木を使ったワークショップでは、もう一つアクセントをつけています。先祖に対する感謝という概念は強調しています。「ご先祖様に感謝しよう」は標語みたいですけど、そこを掘り下げていくことによって感謝の力を高めることを目指しています。

 「ありがとう」の反対語は何かといえば「当たり前」です。「有り難し」の反対ですから。僕たちは生まれた時は全てがありがたくて、石ころでも虫でも何でも珍しかったのが、だんだんと当たり前になって、当たり前の眼鏡をかけて世の中を見るようになる。その当たり前の眼鏡をはずせた瞬間、世の中が当たり前の世界からありがたい世界に見えてくる。

 でもまあ、そこは僕らもはっきりと言わずに、ある程度問いとして投げ掛け、後は本人の中でいかにそれが共鳴したり余韻を残したりするかに委ねます。お坊さんに説法されちゃうと、逆に当たり前なありきたりな話になっちゃうので。

 ――ワークショップでは死については触れない?

 ◆デリケートな問題だと思っていて、例えば不安障害や精神疾患のある方は、死について考えすぎることによって過呼吸などを起こしてしまうことがあります。僕らがちゃんとケアできる環境が整っていて、合意が取れている場合には死についても考えます。具体的には死の瞑想(めいそう)です。

 死にゆくシチュエーションを頭の中でイメージしてもらいます。…

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星野哲

ライター/立教大学社会デザイン研究所研究員

ほしの・さとし 1962年生まれ。元朝日新聞記者。30年ほど前、墓や葬儀の変化に関心を持って以降、終活関連全般、特にライフエンディングについて取材、研究を続けている。2016年に独立。立教大学大学院、東京墨田看護専門学校で教えるほか、各地で講演活動も続ける。「つながり」について考えるウエブサイト「集活ラボ」の企画・運営も手がける。著書に『人生を輝かせるお金の使い方 遺贈寄付という選択』(日本法令)、「『定年後』はお寺が居場所」(同、集英社新書)「終活難民-あなたは誰に送ってもらえますか」(2014年、平凡社新書)ほか。