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アルツハイマー病新薬 私が「承認保留やむなし」と思う理由

工藤千秋・くどうちあき脳神経外科クリニック院長

 長らく続くコロナ禍で、医療に関しては他の話題の影が薄くなっています。この状況で実は昨年、私の診療の中心であるアルツハイマー病で大きなトピックがありました。2021年6月、アメリカでアデュカヌマブという注射薬が18年ぶりにアルツハイマー病の新薬として承認されたのです。この薬は、アルツハイマー病の原因の一つともいわれる脳内に蓄積する悪性たんぱく質、アミロイドβを減らします。日本でも製薬企業が承認を求めて申請しましたが、昨年12月、厚生労働省の審議会は継続審議とし、承認保留の判断を下しました。この結果にはいろんな意見がありますが、私はある意味やむを得ない判断だったと思っています。

開発難航 アミロイドβ関連の治療薬

 近年、アルツハイマー病の新薬が登場していない理由は、そもそもアルツハイマー病の原因が十分に解明されていないためです。今回のアデュカヌマブが標的としているアミロイドβは、アルツハイマー病患者の脳内で高いレベルの蓄積が確認されているため、原因の可能性が高いとみられています。近年のアルツハイマー病の新薬開発の多くが、この仮説に基づき進められています。

 この仮説に基づく新薬候補は、アメリカでアルツハイマー病の新薬が登場しなかった過去18年間でも数多く臨床試験が行われましたが、ほとんどが効果を確認できず、開発中止に追い込まれました。

 もっとも、相次ぐ開発中止で得た経験やアルツハイマー病の原因解明に向けた研究などから、アミロイドβの蓄積がアルツハイマー病発症の20年以上前に始まっていることも分かり、現在ではこの理論の薬剤はかなり早期から投与を行う必要があると考えられています。

 このため過去の臨床試験で良好な成績が得られなかったアミロイドβ関連の新薬候補の一部では、改めてアルツハイマー病早期の軽度認知障害(MCI)や軽度認知症の患者を再募集し、臨床試験を改めてやり直しているケースもあります。

米FDAがアルツハイマー病新薬を承認した事情

 そうした中でアデュカヌマブは、早期のアルツハイマー病患者を対象とした初期の臨床試験では、画像診断でアミロイドβの減少が確認され、なおかつ認知機能の低下速度を抑える結果が得られたことから、大きな期待を集めました。ちなみに、認知機能の低下速度を抑えるということからも分かる通り、アデュカヌマブも含めたアミロイドβ関連の新薬候補は、アルツハイマー病を根本から治してしまうものではなく、その効果はあくまで病気の進行速度を遅くするものです。

 しかし、そのアデュカヌマブも19年3月に一旦開発中止が宣言されました。…

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くどうちあき脳神経外科クリニック院長

くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。