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50代からの生き方~早期退職考

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
バブル崩壊後の最高値を更新した日経平均株価を示す掲示板=2017年12月11日、丸山博撮影
バブル崩壊後の最高値を更新した日経平均株価を示す掲示板=2017年12月11日、丸山博撮影

 バブル期に大量採用された中高年を対象に、早期退職や希望退職の募集が相次いでいます。組織の評価に染められてきた中高年世代にとって、外に一歩踏み出すのはリスクも伴いますが、違う風景が見えてくるはず、と野澤和弘さんは話します。中高年だからこそ、これまで身に付けた能力なくしては対応できない社会の課題に、純度の高いモチベーションで取り組むことができるとエールを送ります。

退職募集は中高年が主流

 終わりの見えない新型コロナウイルス禍の中で、上場企業を中心とした早期退職者・希望退職者の募集が相次いでいる。

 2020年と21年に2年連続で1万5000人を超えた。リーマン・ショック時をうかがわせる水準である。ターゲットとなっているのは主に50歳を超えた中高年社員だ。

 政府は「人生100年時代」を掲げ、全世代型社会保障の構築を目指している。少子高齢化の坂が一段と険しくなるのに備え、公的社会保障の財源の逼迫(ひっぱく)を緩和するため、元気なうちは何歳になっても働き続けることができる雇用の実現が柱の一つだ。

 ところが、それに逆行するように上場企業は高齢社員を整理しようとしているのである。終身雇用が当たり前の日本型雇用では、いったん就職さえすれば安定した待遇が保障されていた。これまで雇用の問題といえば就職氷河期世代のことがもっぱらクローズアップされてきた。たまたまバブル後の不況時に就職先がなく、非正規雇用という不安定な身分に甘んじていた世代のことだ。

 ところが、現在はバブル入社期の50代を中心とした中高年社員に注目が集まっているのである。

 50歳といえば人生100年の折り返し点だ。悲観しても事態は変わりそうにない。労働組合も頼りになりそうにない。となれば、これからの長い人生後半を前向きに考えてみるしかない。見る角度を少し変えるだけで、同じ風景がまったく違うものに見えるものだ。

若返りや人件費削減が目的

 「肩たたき」のイメージが強いせいか、早期退職・希望退職はネガティブに受け取られることが多いが、決してそうではない。

 早期退職とは、定年前に従業員が退職できる制度のことで、恒常的に従業員は退職に応募できる。退職金の割り増しや再就職支援などの優遇措置が一般的に用意されており、福利厚生の意味合いが強い。企業から従業員に対して退職を促す退職勧奨がある場合と、そうでない場合がある。

 希望退職は、企業が将来の経営リスクに備え、時期を限定して退職者を募る制度のことだ。早期退職と同じく退職金の割り増しや再就職支援などの優遇措置が用意されていることが一般的だ。時限的に募るため、ほとんどの場合従業員への退職勧奨が伴う。

 いずれも、一定以上の年齢の人や勤続年数の人のみを対象とするなど、対象者を絞る形で規定をつくるケースが多く、企業の若返りや、業績が低迷したときに人件費を削減することを目的として行われることが多い。

 人員削減のために利用される整理解雇は、認められるための要件がかなり厳しく、労使紛争も発生しやすい。これに対して、早期退職や希望退職は、あくまで会社と従業員の合意による退職を目指すもので、労使紛争回避にもつながる。しかも、希望退職の募集は、整理解雇が認められるための要件である「回避努力措置」の一つと考えられているため、近年はさまざまな理由で経営側が多用している。

 東京商工リサーチの「上場企業“早期・希望退職”募集状況」調査によると、21年に希望退職募集を開示した上場企業は84社(前年93社)。募集人数が多かったのは、日本たばこ産業(2950人)、本田技研工業(約2000人)、KNT-CTホールディングス(1376人)などで、募集人数が1000人以上の企業は5社に上った。01年に次ぐ2番目の水準という

 人数を公表した69社(若干名除く)で募集人数は1万5892人に達し、2年連続で1万5000人を超えた。業種で見るとアパレル・繊維製品(11社)、電気機器(10社)、観光を含むサービス(7社)、運送(6社)などが多い。

政府の雇用政策が呼び水にも

 早期退職・希望退職を募集する企業は、業績が好調な黒字企業とコロナ不況のために人員整理を迫られる企業に二分される。

 バブル期に大量の採用をした社員が40代後半から50歳を過ぎるようになり、社内の年齢構成がいびつになっている企業は多い。ポストが足りず、ITなどの技術革新にもついていけない世代でもある。給与水準が高い世代の社員を抱え込むよりも、割り増し退職金を払う余裕のあるうちに整理しておこうというのが黒字企業の理由だ。

 政府による高齢社員の雇用政策が経営者に早期退職制度を導入させる呼び水となっている面もある。70歳までの雇用確保を努力義務として企業に課した高齢者雇用確保法が昨年施行された。65歳までの雇用確保ですら苦労している企業にとって、さらに70歳まで延長して雇用し続けなければならないことへの負担感から、早期退職者募集へ踏み切る経営者が増えているというのである。

 黒字企業による大規模な早期退職者募集、コロナ不況に直撃された赤字企業による小・中規模募集の二極化の傾向は今年も続き、募集規模は21年と同等かそれを上回る可能性もあるという。

 オリオンビール、富士通、大幸薬品、ヘリオス、津田駒工業、日本ペイント、三菱製紙、小田急……。今年に入ってからも全国的に名前を知られた企業による早期退職・希望退職のニュースが相次いでいる。業績の良い会社で働いている人も、50歳を過ぎたらいつ退職勧奨をされるかわからないと思うべきなのだ。

自分の市場価値を知る

 早期退職に応募するかどうか迷っている従業員は多いだろう。50歳を過ぎるころから、役員として経営側に残っていく人とそうでない人がはっきり見えてくる。役員は数少ないポストのため、それ以外の人は専門職になるか系列や関連企業に転職・出向するか、一般職として職場の隅に席を移すことになる。役職定年で給料は下がり、管理職から外れて部下を持たなくなり、経費もあまり使えなくなる。

 そこへ「早期退職」「希望退職」募集が告知されたりすると、退職勧奨がなくても社内に居場所を見つけにくい心理に追い込まれる。その時になって初めて退職を考えるのでは遅い。できれば、もう少し若いころから50代以降の生き方について現実的に考え、いざという時に身に付けておくべきものを少しずつ準備しておいた方が余裕を持って選択肢を吟味できる。

 転職サイトなどには、会社を辞めるかどうかを決めるに際には、自分自身の市場価値を知ることが大事だと強調されている。つまり、現在所属している会社の中では優秀な人材と見られていても、会社を離れてみると意外に通用しない人もいれば、逆に今の会社の中では不遇であっても他の会社では十分に能力が発揮できる人もいる。自分にどういう特性があるのかを把握しておくべきだというのである。

 プロ野球でも、ある球団ではレギュラーを取れずにベンチを温めたり2軍暮らしに甘んじていたりした選手が、他球団へトレードされてから活躍するようになるケースは珍しくない。前にいたチームで首脳陣がその選手の能力を見抜く目がなく、チャンスを与えられる機会がなかったためである。もしも、そのチームにずっといたら試合に出る機会がないまま引退へと追い込まれていったかもしれない。

 チームカラーとの相性や同じポジションにたまたま良い成績を残す選手がいるため自分に回ってくるチャンスが少なかったということもあるだろう。

 慣れた職場に長くいることでじわじわと実力を発揮できるタイプもいれば、まったく新しい環境に飛び込むことで見えない刺激を受け、思わぬ能力を発揮するタイプもいる。

リスクを抑え半歩踏み出す

 ただ、自分がどのようなタイプなのかを客観的に見極めることは意外に難しく、試しに別の会社に移籍してみるということも普通はできない。早期退職によって運が開けるか失敗するかわからず、誰にとっても「賭け」のようなものである。

 そうしたリスクを抑える一つの方法は、人材紹介会社に登録し相談してみることだ。客観的に人材の価値を見ることを仕事にしている転職コンサルタントからどのような仕事やポストの引き合いがあるかを試してみるのである。思ったほど自分の市場価値がないことを突きつけられ、がっかりする可能性もあるが、まずは客観的に自分の価値を知ることから始めてみるべきだ。

 最近はインターンシップ制度を使って今の会社以外での仕事を体験する人も増えている。1日だけのインターンから、週末の休みを使って行うもの、半年や1年といった長期間に本格的に行うものまでさまざまある。無償で行う場合もあれば、少額の謝礼や経費を受けられる場合もある。きちんとした報酬を伴う雇用契約や業務委託でのインターンもある。

 いきなり転職することのリスクを考えれば、今の会社以外で経験したことのない仕事をしてみる「お試し期間」は心理的ハードルも低く、予想外のメリットもあったりするのでお勧めだ。

 同じ会社内だけで仕事をしていることによる閉塞(へいそく)感から気持ちを切り替えたり、新鮮な環境でふだんとは違う仕事をすることで達成感を得たり、見聞を広めたりすることができる。

 元の会社にとってもさまざまな知識・情報や人脈を社員が得られるということを考えれば、メリットの大きさを認めるべきだろう。

 ほかにもボランティア休暇を取って自分のできる範囲でボランティアを体験してみるのもいい。とにかく、自分の会社以外のことを知らない人生から半歩でも踏み出してみると、違う風景が見えてくるはずだ。

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植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。