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「息が止まってしまった…」 元レスリング選手を襲った突然の異変 <連載1回目>

倉岡 一樹・東京地方部記者
心臓移植体験を話す森原大紀さん=神奈川県二宮町の二宮西中学校で7月12日、和田大典撮影
心臓移植体験を話す森原大紀さん=神奈川県二宮町の二宮西中学校で7月12日、和田大典撮影

 元レスリング選手で、広島市の元高校教諭、森原大紀さん(33)の心臓は自分のものではない。重篤な心臓病のため、数年前に「知ることのできないだれか」から提供を受けたものだ。「二つの心臓」のリレーで命をつなぎ、社会復帰して2人の子の父となった森原さんの苦悩と臓器移植への思いとは――。

「いのちの教育」波乱の歩みを中学生に語りかける

 「みんなにとって好きなことって何かな?」。7月12日、神奈川県二宮町立二宮西中の体育館で、森原さんが2年生の生徒に語りかける。一体感が増したところで本題に入っていった。

 「病気知らずだったのに突然心臓病だと言われ、好きなことが何もできなくなった。人生が180度変わった」。幼いころからレスリングに夢中だった。大学卒業後にはカナダにも留学し、教員生活はやりがいがあった。そして、心臓病発病から待機期間を経て、心臓移植へ――。その語り口は軽妙で、よどみない。

 「大切なのは臓器移植について知ること、考えること、そして話すこと」

 波乱に満ちた歩みを、当時の思いとともに淡々と話す。生徒たちは森原さんをじっと見据えて、その言葉をかみしめる。

 講演は臓器移植をテーマにした「いのちの教育」の授業の一環だ。同中の和田智司校長が言う。

 「生徒たちに考えるきっかけを与えた後に自身の経験を語り、命や臓器移植の大切さが伝わってきた。一方的ではなく、生徒とのやりとりも活発で、反応もいい。やはり教員ですね」

 講演を終え、森原さんはソファに倒れ込むように座った。中学生に話すのは初めてで、緊張したという。

 「生徒たちには一人では生きていけないということを特に伝えたいと思い、力点を置いた。それを感じ取ってくれれば……」

「健康優…

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東京地方部記者

1977年生まれ。早稲田大卒。2003年、毎日新聞社に入社。佐世保支局を振り出しに、福岡報道部、同運動グループ、川崎支局、東京運動部、中部本社スポーツグループなどを経て、19年4月から東京地方部。スポーツの取材歴(特にアマチュア野球)が長い。中学生の一人娘が生まれた時、初めての上司(佐世保支局長)からかけてもらった言葉「子どもは生きているだけでいいんだよ」を心の支えにしている。