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長生きして幸せになる人たちが持っている トルンスタムの「老年的超越」とは

西川敦子・フリーライター
 
 

 まもなく「人生100年時代」も到来するといわれる時代。ずっと元気で活躍できるかどうか、不安を抱く人もいるのではないでしょうか。しかし近年、北欧や日本の研究から、単身で寝たきりでも幸福感で満ちあふれている超高齢者が大勢いることがわかってきました。「人生現役」とは違う幸せのあり方を探ります。

寝たきりでもひとりぼっちでも「幸せ」

 「いつまでもアクティブに」「年齢なんて関係ない」。ちまたにはシニアを勇気づけてくれるメッセージが多い。「そうだ、そうだ。まだまだ頑張らなければ」と元気が湧く一方、「これから先、どうやって健康を維持していけばいいんだろう」「いくつまで働けるのかな」といった若干のプレッシャーや不安を感じるのも事実だ。

 生涯現役で活躍し続けられれば、それに越したことはない。「ですが、高齢期の幸せのかたちはそれだけではないのでは」と言うのは、東京都健康長寿医療センター研究所の研究員、増井幸恵さんだ。老年心理学を研究する増井さんは、長年、高齢者へのインタビューを続けてきた。意外なことに、年を重ね身体が不自由になっても幸福感に満ちあふれている人は非常に多いという。

 「たとえば『今、健康だと思いますか』という調査員の問いかけに、『健康だよ』と答える寝たきりの90代女性もいます。『こんなに健康なの、私くらいだよね』『悪いところはどこもない。とても恵まれている』と。外見からは非常に弱っているように見える方が、です」

 この女性ばかりではない。増井さんら研究チームのインタビューに対し、多くの80代、90代の高齢者が「身体機能は落ちてきている」「孤独な生活をしている」としながらも、「気持ちは安定していて穏やかだし、むしろ幸福感を抱いている」と話すそうだ。

 体の不具合を抱えつつひとりで暮らす高齢者が、なぜ幸福な日々を過ごせているのだろうか。

生涯現役とは正反対の幸福

 「みなさんは、まさにトルンスタムが唱えた『老年的超越』を感じておられるのでは」と増井さんは説明する。

 「老年的超越」とは85歳以上などの高齢者に起こる心理状態を指す。1989年、スウェーデンの社会学者、ラルス・トルンスタム教授が大規模調査の結果を踏まえ、提唱した。それまでの「物質主義的で合理的な世界観」が、以下のように変化することでもたらされるという。

 ・自分自身への関心が薄らぎ、身体機能の低下や容姿の衰えも気にならなくなる。

 ・お金や社会的ポジションへの執着心がなくなり、自らのことより周りのことを大切に考えるようになる。

 ・社会との向き合い方が変わり、表面的な人間関係や友達の数などにこだわらなくなる。

 ・自分の存在が過去から未来への大きな流れの一部であることを感じる。

 ・物理的に離れたところにいる人、先祖や昔の人とのつながりをしみじみと思う。

 ・生命の神秘を感じ、死への恐怖も消えていく。

 まるで仙人の境地のようだが、簡単に言えば若い頃の価値観がひっくり返り、より内面的な、心の奥深い部分に意識が向く――ということだろうか。

 老年的超越が注目されるようになった背景には長寿化がある、と増井さんは話す。

 そもそも、「生涯現役」こそ幸福な老い方とする考えは、…

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フリーライター

にしかわ・あつこ 1967年生まれ。鎌倉市出身。上智大学外国語学部卒業。編集プロダクションなどを経て、2001年から執筆活動。雑誌、ウエブ媒体などで、働き方や人事・組織の問題、経営学などをテーマに取材を続ける。著書に「ワーキングうつ」「みんなでひとり暮らし 大人のためのシェアハウス案内」(ダイヤモンド社)など。