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中井久夫先生に教わったこと

津田篤太郎・NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長
自宅の書斎で自著「臨床瑣談・続」について語る精神科医、中井久夫さん=神戸市垂水区の自宅で2009年8月6日、山田耕司撮影
自宅の書斎で自著「臨床瑣談・続」について語る精神科医、中井久夫さん=神戸市垂水区の自宅で2009年8月6日、山田耕司撮影

 先月8日に、神戸大学名誉教授で精神科医の中井久夫先生が亡くなられました。私が今の仕事をずっと続けていられるのは、中井先生のおかげといっても過言ではありません。

 かれこれ医者になってから20年ほどになりますが、一つの仕事を長く続けていると、「自分は本当に人の役に立っているのだろうか」「自分は何を目指してこの仕事に就いているのだろうか」といった疑念が湧き、ときに意気阻喪してしまいそうになります。そんなとき、中井先生のご著書を読み返しては、目を開かれる思いをすることが何度となくありました。

 ご高齢でしたので、お別れの日が遠からず来ると予期していましたが、もうお目にかかることができないのかと思うと、何とも言えず寄る辺ない心持ちがします。

 中井先生の名前を初めて知ったのは、「最終講義―分裂病私見」(みすず書房 、1998年)という一冊の本でした。そのとき私は医学部の学生で、医者よりも研究者を目指して大学に入ったものの、自分は基礎研究に向いていないと感じるようになり、ならば医者になろう、しかしどんな医者になるのか?と悩んでいた時期でした。

 「最終講義」は中井先生のライフワークであった統合失調症の治療と研究が主な内容なのですが、この謎に包まれた精神疾患に先生はどんな方法でアプローチをされたのか——それまで私が目指していた「基礎研究」だと、患者さんの脳を特殊な画像検査で調べたり、実験動物で病気を再現したり、たくさんの血液検体を集めて遺伝子を調べたり、といったことになるのですが——先生が最も重要視されたのは「関与しながらの観察」でした。

 そんなアナログで、特殊な機械も何も使わないやり方で、何が分かるのか、と思われるかもしれませんが、豊かな教養に裏打ちされた先生の驚くべき観察眼は、次々と興味深い事実を拾い上げていきます。

 医学部の授業では統合失調症について、激しい幻覚や妄想など、発病の時期にとても目立つ症状で診断の役に立つ事柄を教えられるのですが、中井先生は患者さんに残されている健全な部分に注目しました。具合の悪かった患者さんに、食欲が戻り、夜眠れるようになるといった変化が起きても、発病の時期の症状に比べれば非常に目立たない変化です。

 先生はそうした事柄を丹念に拾い…

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NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長

1976年京都生まれ。京都大学医学部卒。北里大学大学院修了(専攻は東洋医学)。東京女子医大付属膠原病リウマチ痛風センター、JR東京総合病院、聖路加国際病院Immuno-Rheumatology Centerを経て、現在、NTT東日本関東病院リウマチ膠原病科部長。福島県立医科大学非常勤講師。著書に「未来の漢方」(森まゆみと共著、亜紀書房)、「漢方水先案内 医学の東へ」(医学書院)、「ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話」(上橋菜穂子との共著、文藝春秋)など。訳書に「閃めく経絡―現代医学のミステリーに鍼灸の“サイエンス"が挑む! 」(D.キーオン著、須田万勢らと共訳)がある。