令和の幸福論 フォロー

子ども子育て支援の「死角」~通園バスでの園児死亡から考える

野澤和弘・植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
3歳児死亡事故で、設けられた献花台=2022年9月、丘絢太撮影
3歳児死亡事故で、設けられた献花台=2022年9月、丘絢太撮影

 静岡県牧之原市の認定こども園に通う3歳の女児が真夏日の日中、送迎バスに5時間取り残され、熱射病で亡くなりました。昨年7月に福岡県中間市の認可保育園で5歳の男児が熱中症で死亡した事故があったばかりです。なぜこうした痛ましい事故が繰り返されるのでしょうか。野澤和弘さんは、「何のための子育て支援、待機児童解消なのか。大事なものを私たちはどこかに忘れてきたような気がしてならない」と話します。

多発する置き去り事故

 朝、幼い子を通園バスに乗せて見送る。いつものように認定こども園で他の園児たちと楽しく過ごしているものと思っていたが、ひとりだけバスの中に置き去りにされていた。気温は上がり温室化した車内で誰にも助けを求めることができなかった3歳児……。保護者の立場になって想像すると、胸がふさがれそうになる。

 どうしてこども園の職員たちは園児が登園して来ないことに気づかなかったのか。バスにいた職員は何をしていたのか。全国からこども園に批判が殺到した。信じられないミスに憤りを感じた人が多いのだろう。

 しかし、通園バスに園児が置き去りにされる事故は珍しくはない。通園バスだけではなく、保育所やこども園などの保育施設内の事故はここ数年多発している。背景には待機児童対策のために、急ピッチで保育施設を増やしてきたことがある。量の拡大を急ぐあまり、園児の安全面が見落とされてきたのではないか。

 何のための子育て支援、待機児童解消なのか――。大事なものを私たちはどこかに忘れてきたような気がしてならない。

単純ミスが致命的に

 真夏のような暑さが続いていた9月初め、静岡県牧之原市の認定こども園で事故は起きた。バスに乗っていた子どもは6人。園に到着して子どもたちは降りて行ったが、なぜか3歳の女児だけが車内に取り残された。発見されたのは5時間後。女児は熱射病で亡くなった。

 何十人の子どもたちの安全確保にミスがあったというのではない。たった6人の園児のバスの乗降をどうして確認できなかったのだろうか。

 園側の説明からいくつものミスが重なっていたことが判明した。

 この園は園児の出欠をIT機器のネットワークで管理するシステムを導入していた。バスを運転していた理事長(73歳)と、同乗した70歳代の女性派遣社員は、降車時に車内を十分に確認しないまま、乗っていた園児6人を「登園」と一括登録した。それが最初のミスだ。

 こども園内で待っていた担当保育士は、やってきた園児が5人しかいないことをなぜ不審に思わなかったのだろうか。6人が「登園」と登録されているのを手元のIT機器で確認できたはずなのだ。そして、バスを運転していた理事長や派遣社員に問い合わせれば、その時点で女児がまだバスに残っていることがわかったはずだ。あるいは女児が登園しないことを保護者に電話等で問い合わせれば、大事に至る前に事故を防ぐことができただろう。

 実際のところは、6人が「登園」と登録された画面を担当保育士は見ていなかったのだという。この単純なミスが致命的になった。

ITに依存し安全確認おろそかに

 どんなに優れたシステムを導入しても、それを適切に使わなければ無駄な経費と事務量が増えるだけで何も意味がない。むしろ、ITに頼って形式的な手続きをしている分、目や耳での安全確認がおろそかになる恐れがある。乗車名簿と下車する園児を照合したり、ダブルチェックを徹底したりすれば、その時点で女児に気づくこともできたはずだ。

 こども園によると、事件当日はふだん運転しているバス運転手が休暇で、臨時の運転手にも代行を断られたため、理事長兼園長が代わりにバスを運転していたという。理事長は「運転の代行はこれまで数回程度で不慣れだった。確認を補助の人に任せていた」と記者会見で話した。

 園児たちを直接見る保育士の不足の改善について国は取り組んできたが、通園バスの運転手などに関しては保育士ほど話題に上ることがない。自宅近くのバス停から保育施設まで安全に走行し、通園バスという密室の中で子どもたちを見守るスタッフの役割は軽視されがちだが、実はとても重要だ。不慣れな高齢の理事長が運転の代行をするという危うさが事故の前提にあるのは間違いない。

 女児の持っていた水筒が車内から見つかった。中身は空だった。高温になった車内で必死に飲み干したとみられる。その痛ましさを思うと言葉が出てこない。

日常に潜むリスク

 こんな悲劇は二度と繰り返してはならない。そう思う人は多いだろう。だが、園児が送迎バス内に取り残される事故はこれまでに何度か起きており、その度に連絡体制の不備が批判されてきた。

 2021年7月には、福岡県中間市の保育所で男児(当時5歳)が約9時間にわたり送迎バスの中で放置され、死亡した。福岡地検は今年4月、園長と担当職員を業務上過失致死で在宅起訴した。この保育所では、それ以前にも約20人もの園児が“閉じ込め”にあっていたことが判明している。

 さいたま市の認可保育施設でも20年と19年に、園児が夕方に送迎バスに取り残される事故が起きた。いずれも座席で寝ていた園児をバスに同乗していた職員らが見落としていたという。

 福岡の事故を受けて、厚生労働省は昨年8月、全国の自治体に向けて通知を出した。

①子どもの欠席連絡等の出欠状況に関する情報について、保護者への速やかな確認及び職員間における情報共有を徹底すること。

②登園時や散歩等の園外活動の前後等、場面の切り替わりにおける子どもの人数確認について、ダブルチェックの体制をとる等して徹底すること。

③送迎バスを運行する場合においては、事故防止に努める観点から、運転を担当する職員の他に子どもの対応ができる職員の同乗を求めることが望ましいこと。子どもの乗車時及び降車時に座席や人数の確認を実施し、その内容を職員間で共有すること等に留意いただくこと。

④各幼稚園等においては、「学校安全計画」「危機管理マニュアル」について、適宜見直し、必要に応じて改定すること。

 ただ、どれだけ管理体制を強化してもミスは起こり得る。むしろ、形式的な管理を現場に強いることで負担が重くなることも懸念される。

バス送迎担当者の6割「今後も置き去りあ…

この記事は有料記事です。

残り6908文字(全文9433文字)

植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員

のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社 会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集 部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表 として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさ しい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問 (非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員、内閣府 障害者政策委員会委員なども。著書に「スローコミュニケーション」(スローコ ミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、 生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「あの夜、君が泣いたわけ」 (中央法規)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。