菊池泰啓さん=筆者撮影
菊池泰啓さん=筆者撮影

 意外と知られていませんが、民生児童委員のような大切な役割を担い、社会のために地道に活動しているお坊さんは少なくありません。刑務所や少年院で活動する教誨(きょうかい)師は、まさに宗教者の役割です。大分市・妙瑞寺(日蓮宗)住職の菊池泰啓(きくち・たいけい)さんはさまざまな社会活動の一つとして教誨師をしています。人を殺(あや)めるなどの罪を犯した人との向き合いを端緒に、生と死についてお話をうかがいました。

罪を犯した少年に、思いを吐き出してもらう

 ――少年院で教誨師を20年近くされていますね。どんなお仕事なのでしょう?

 ◆刑務所だと受刑者の希望があれば、希望に沿った宗教・宗派の宗教者が宗教的な話をすることがありますが、少年院の場合はちょっと違います。育った環境の関係で、いわゆる「普通」の大人がどのようにモノを考え、人生を設計していくかがわからないまま大きくなった少年が少なくありません。ですので、一般的な教養の延長みたいな話を、大人の一人として話すことが基本です。教誨師として登録する宗教者が何人かいますから、そんな全体講和を年に2回ほど。あとは篤志面接員もしているので、少年院側からの要請で毎月1回、個別に少年と面談します。1回1時間、だいたい3回会うことが多いです。

 どんな罪を犯したといったことは事前には知らされませんから、「いつからここにいるの?」「お父さんやお母さんは?」みたいな会話から始めます。少年院では自分の思いを自由に話す機会がほとんどないので、外部の人間で安心できる相手だとわかると、いろんな思いを吐き出す少年もいます。話しながら自分で気持ちを整理する機会になるようです。

 ――宗教者として導くというのとは違うのですか。

 ◆宗教的に自分を見つめ直すことよりも、精神的に成長していくためのヒントみたいなのを提供できたらいいなって思ってます。宗教が関わるのは、少年の側から「おじいちゃんの命日が近いから」とか「被害者の方の冥福を祈りたい」といった依頼があった時です。追善法要などの宗教儀礼を行います。

 最初に、これからする宗教儀礼はどういう意味があるのか、何のためにするのかを少年に説明します。本人が自発的に希望したからできるわけですから、よく思い立ってくれたねって伝えます。法要をすると中には、「亡くなった人は生き返らない。自分だけがこれから飲んだり笑ったり、楽しいことがあっちゃいけないんじゃないか」と、罪の意識を吐露する少年もいます。

 そんな時は「亡くなった事実は一生あなたが抱えていかないといけない問題かもしれないけど、これからの人生は自分の人生としてきちんと生きないと」という感じのお話をしたりします。大変なことをしたという事実は事実として抱えながら、プラスの方向に、例えば社会に貢献できるような人間になることが、巡り巡って相手の供養になるという見方もできるよと。それが仏教的には回向になるといった考え方を伝えます。

 1年たってまた法要を依頼してきた少年もいました。「以前は、これからどうすればいいんだろうかと、もう明るく生きられないとかしか思えなかったけど、突き詰めたら全部自分のことばっかりだった。相手にも家族がいたはずだし、謝って許されることじゃないけれど、少しでも周りの役に立てるようなことを考えていかないと」みたいなことを言ってくれたんです。冥福を祈るって心に念ずるだけではなく、実際にどう自分が生きて社会に関わっていくかが大切なんだと思った、と。

祈りながら気持ちを整理していく

 ――祈りによって本人が変わったとしたら、それは相手に自分の思いを届けられたと感じられるからでしょうか?

 ◆祈る人の気持ちとして、亡くなった人に届いてほしいっていう心情はあるでしょう。でも、届いてるかどうかは検証できないですよね。大切なのは、祈りの中できちんと死者と向き合おうとすることだと思います。

 「本当に申し訳ないことをした」といった慚愧(ざんき)の思いはもとより、どんな場合でも「ああしてあげたかった」「こうしてあげられなかったのが残念」とかいう思いをたくさん抱えたまま、最終的に人とは別れざるを得ないから、祈る中で少しずつ気持ちを整理していく。気持ちを整理しながら亡くなった人と向き合っていくのが、祈りであり儀礼だと思うんです。儀礼があることで、残された側が一緒に共有するアクションがあると少しずつ後悔が溶けていくような。そういう感覚は日ごろ、葬儀や法事などをしていて感じます。

 ――亡くなった人と向き合わないと人は生きていけないものなのでしょうか? 忘れてしまってはいけない?

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ライター/立教大学社会デザイン研究所研究員

ほしの・さとし 1962年生まれ。元朝日新聞記者。30年ほど前、墓や葬儀の変化に関心を持って以降、終活関連全般、特にライフエンディングについて取材、研究を続けている。2016年に独立。立教大学大学院、東京墨田看護専門学校で教えるほか、各地で講演活動も続ける。「つながり」について考えるウエブサイト「集活ラボ」の企画・運営も手がける。著書に「寺、再起動:ゾンビ寺からの脱出!」(法蔵館)、「人生を輝かせるお金の使い方 遺贈寄付という選択」(日本法令)、「『定年後』はお寺が居場所」(同、集英社新書)「終活難民-あなたは誰に送ってもらえますか」(2014年、平凡社新書)ほか。