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新型コロナ 感染者全数調査終了の意味するところ

斎藤正彦・東京都立松沢病院名誉院長・精神科医
 
 

 好評だった連載「人生100年時代を生きる~精神科医の視座~」に続き、東京都立松沢病院名誉院長、斎藤正彦さんの新たな連載が始まります。

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 2カ月のお休みを挟んで連載を再開させていただくことになった斎藤正彦です。私は40年以上、精神科医として働いてきました。社会経験イコール精神科医としての人生です。一方で、サンフランシスコ講和条約が発効した年(1952年)に生まれ、今年古希を迎えた、これまでの経験からの感性は、同時代を生きた人たちと変わらぬごく普通のものです。

 前シリーズでは主に、高齢者医療、福祉に関する問題を取り上げましたが、新連載「人生100年時代を生きる~精神科医の視座2~」では、もう少し自由に、社会のさまざまな問題を「私の感覚」というレンズを通して描写していこうと思います。

 今回は、新型コロナウイルス感染症の全数調査終了を糸口に、この問題の背後にある日本社会のシステム疲労について、東京都立松沢病院の院長として1年、さらに21年3月の退職後に一臨床医として同院で働いた1年半の経験を通じて考えてみます。

新型コロナウイルス感染者全数把握はなぜ破綻したか

 岸田文雄総理大臣は8月24日、新型コロナウイルス感染者の全数把握を見直す方針を発表しました。第7波の感染者数が多くなり、医療機関の負担が増えたのが主たる理由のようです。

 しかし、システムが破綻して方針変更を余儀なくされた後になって、「本当はもう全数調査をする意義はなかったのだ」といった説明がなされ、この変更があたかも合理的で計画的なものなのだと言いつくろうのは、(過去の戦争で)軍隊の撤退を「転戦」と呼んだ国の伝統なのでしょうか。高齢者や重症化リスクの高い人だけを登録すればよかったのであれば、もっと早く言ってくれ……と現場の人間はみな思っているはずです。

 全数把握の継続が困難となった大きな理由の一つに、医療現場が「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理システム(HER-SYS=ハーシス)」への情報入力の負担に耐えられなくなったことが挙げられます。

 皆様は20年5月に政府がスタートさせたHER-SYSを覚えていらっしゃるでしょう。このシステムの運用が始まった際、厚生労働省は「保健所等の業務負担軽減及び保健所・都道府県・医療機関等をはじめとした関係者間の情報共有・把握の迅速化を図るため」にこのシステムを開発したと胸を張り、マスコミも、IT化が前進したと持ち上げました。

 もちろん、当時、保健所の負担軽減が急務であったのは確かです。テレビの…

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東京都立松沢病院名誉院長・精神科医

私は、サンフランシスコ講和条約の年に千葉県船橋市で生まれた。幼稚園以外の教育はすべて国公立の学校で受け、1980年に東京大学医学部を卒業して精神科の医師となり、40年を超える職業生活のうち26年間は国立大学や都立病院から給料をもらって生活してきた。生涯に私が受け取る税金は、私が払う税金より遙かに多い。公務員として働く間、私の信条は、医師として患者に誠実であること、公務員として納税者に誠実であることだった。9年間院長を務めた東京都立松沢病院を2021年3月末で退職したが、いまでも、私は非常勤の公務員、医師であり、私の信条は変らない。