
エーザイと米バイオジェンは、共同開発中のアルツハイマー治療薬「レカネマブ」が、早期アルツハイマー病患者を対象とした最終段階の臨床試験(治験)で、病状の進行を抑制したことを9月28日に発表した。「効果の大きさは限定的であるとはいえ、(プラセボ<偽薬>との)統計的有意差が確認でき、はっきりとした効果が示されました」。そう語る東京大の教授で日本認知症学会理事長の岩坪威さんに、期待される効果と懸念される副作用、別の新薬候補「アデュカヌマブ」(製品名:アデュヘルム)との違いなどを聞いた。【聞き手・西田佐保子】
症状の悪化を27%抑制
2025年には国内で65歳以上の高齢者の5人に1人にあたる約700万人が罹患(りかん)すると推測される認知症。その原因となる病気の中で最も患者数が多いのがアルツハイマー病だ。
発症メカニズムはいまだ解明されていないが、脳に蓄積される異常なたんぱく質「アミロイドβ(以下、Aβ)」が引き金となり、リン酸化したタウたんぱく質(以下、タウ)がたまり、神経細胞死を引き起こす「Aβ仮説」が有力とされている。
このAβ仮説に基づいて開発されたのが、抗Aβプロトフィブリル抗体の「レカネマブ」だ。Aβは凝集する過程において、毒性が強いと言われる可溶性の低分子オリゴマー(重合体)から高分子オリゴマー(プロトフィブリル=できかけの短い線維)を経て、不溶性のアミロイド線維を形成する。レカネマブは脳内に蓄積されたプロトフィブリルに選択的に結合し、取り除く。
19年3月から行われた「Clarity AD(第3相臨床試験<P3>)」において、認知症の手前の状態である「軽度認知障害(MCI)」と軽症アルツハイマー型認知症の人(総称して早期アルツハイマー病患者)1795人を対象に、レカネマブ10mg/kgを2週間に1回静脈に投与。
18カ月時点で「主要評価項目のCDR-SB(記憶、見当識、判断力、問題解決など6項目からなる臨床的認知症重症度判定尺度)スコアの悪化を27%抑制した。平均変化量は、偽薬投与群と比較してマイナス0.45で、すでに進行した症状を「回復」するのではなく、症状悪化を「遅延」させる効果が示された。なお、Aβの除去作用は、治験の早期から強力に確認されているという。
抗体医薬は高額なこともあり、注視したいのは価格設定だが、エーザイが28日に行った記者会見で内藤晴夫最高経営責任者(CEO)は「さまざまな側面から慎重に検討していかなければならない」と具体的な言及は避けた。
詳細な試験結果については11月29日、アルツハイマー病臨床試験会議(CTAD)で発表し、査読付き医学誌で公表する。なお、エーザイは現在、アメリカで迅速承認制度に基づく申請を行っており、米食品医薬品局(FDA)による審査の終了目標日は23年1月6日。さらに、来年3月末までには日本と欧米で承認申請を行うとしている。
現在、国内でアルツハイマー病治療薬として承認されているのはドネペジル(製品名:アリセプト)を含む4種類で、いずれも症状の緩和を目的とした「対症療法薬」だ。21年6月には、バイオジェンとエーザイが共同で開発した抗体医薬「アデュカヌマブ」をFDAが迅速承認。原因物質とされるAβに作用して症状の進行を抑える初の「疾患修飾薬」となるのかが注目された。
しかし、アデュカヌマブはP3における二つの治験のうち一つ(ENGAGE試験)で症状改善の効果を示せず、FDAがAβの減少を「代替的な評価項目」として評価したこともあり、薬品の製造・販売を審議する厚生労働省の諮問機関「薬事・食品衛生審議会医薬品第1部会」は「現状では有効性の判断は困難」とし、欧州医薬品庁(EMA)の医薬品委員会(CHMP)でも販売承認を見送った。
アメリカでは、公的な高齢者向け医療保険制度「メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)」は治験登録者のみが保険適用となった。当初の設定価格(5万6000ドル)から大幅値下げしたものの、年間の薬剤費は2万8200ドル(約408万円)と依然高額なこともあり、普及拡大への道のりは険しい。
レカネマブの臨床効果「マイナス0.45」をどう捉えるか
――Aβを標的にした抗体…
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